濹東綺譚

東京向島玉の井を舞台に、私娼お雪と作家との出会いと別れのお話。隣の家のラジオの音が煩いので夕涼みがてら玉の井に出かけ、そこでお雪と知り合うという設定。風景や季節の移り変わりを描写する言葉の豊かさに惹かれる。

文末の「作後贅言」より

精力の発展と云ったのは欲望を追求する熱情という意味なんです。スポーツの流行、ダンスの流行、旅行登山の流行、競馬その他博エキの流行、みんな欲望の発展する現象だ。この現象には現代固有の特徴があります。それは個人のめいめいに、他人よりも自分の方が優れているということを人にも思わせ、また自分でもそう信じたいと思っている。−その心持です。優越を感じたいと思っている欲望です。明治時代に成長したわたくしにはこの心持がない。あったところで非常にすくないのです。これが大正時代に成長した現代人と、われわれの違うところですよ。

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)