関川夏央の3冊:汽車旅放浪記、石ころだって役に立つ、豪雨の前兆

これを読んだら発作的に関川夏央さんの本が読みたくなって文庫本を3冊まとめて買って読んだ。関川さんは私の16歳年長なので、世代は全然違うのですが同じ日本海側の田舎出身だからなのか、昔はオートバイに乗っていたからなのか、いつも女々しくなくなったものを嘆いて愚痴ばかりいってるのが似ているからなのか、高校生の時に「ソウルの練習問題」を読んで以来気になる人だ。
ソウルの練習問題:http://d.hatena.ne.jp/benton/20060227/1141047419

新装版ソウルの練習問題 (集英社文庫)

新装版ソウルの練習問題 (集英社文庫)


一冊目は「汽車旅放浪記」。夏目漱石松本清張などの文学作品に登場する汽車の旅にからめて、自分にとっての鉄道の思い出を記す。関川さんは小学生の頃に全国の駅名を覚えてしまうくらい鉄道好きだったとのこと。JRが国鉄だった頃までは普通にあったけれど、今はもうなくなってしまったものが思い出と共に登場する。私が高校の頃まではよく見かけたモノです。濃い青色や茶色の機関車に引かれて走る客車もその一つ。室内の木製の部分に厚くニスが塗られていて独特のにおいがする客車。動き始めるときには機関車に引っ張られて連結部分なる音が先頭から後部に次々にガシャーンと伝わっていくのが聞こえた。乗降口は手動ドアなので走行中でも空けることができる。最後部の連結部分は鎖だけで外に開いていた。生意気な高校生はホームで列車が完全に止まる前にデッキから飛び降りた。(たまに足をとられて転ぶやつもいた。)


貨物列車の最後尾に連結されていた車掌車は、私の小さい頃のあこがれの車両でした。自分専用の車両に一人っきりになれて、最後尾のデッキからの眺めも楽しめる。そのまま日本中を旅できる。一度でいいから乗ってみたかった。関川さんも本文で車掌車触れている。

ヒステリーの母親に苦しめられた私は、個室を強く欲した。できれば家を出たかったが、それはかなわぬ希望だった。長い長い変性の貨物列車を見て差の車掌車に憧れた。車掌車に乗って昼夜を分かたず走りつづければ、個室を持ちながら旅の暮らしがつづけられるのにと痛切に思った。

そうそう、自分の個室で日本中を旅できるような気がした。


「時刻表2万キロ」の宮脇俊三の足跡を辿る部分に多くのページが割かれいる。宮脇さんが国鉄全線踏破を達成するために再訪し乗りつぶしたわずかな区間を関川さんが辿っている。北陸では、珠洲蛸島の区間や富山港線が登場する。

汽車旅放浪記 (新潮文庫)

汽車旅放浪記 (新潮文庫)


2冊目は「石ころだって役に立つ」。関川さんが読んできた本やテレビ、映画に関することを懐かしむ。冒頭の「なぜ私は本を読むのがやめられないのかー『友情』など」から

それでも私は本が好きだった。違う。好きではなかったのによく読んだ。おそらく、読書のなかに我を忘れたかったのだろうと思う。いや、たしかにそうなのである。いまも原稿の締切のときに限って、全然主題とは関係のない本をつい読みつづけてしまうのは、やはり我を忘れたいからである。それも、いつも一定の期間は、似たような本ばかり読んでいる。

高校から大学にかけて私も本ばかり読んでいた。正に現実逃避、授業も全然わからないくせに、いや、わからないからこそ、特に試験の直前になると全く勉強と関係のない紀行ものを買ってきて読んでいた。ひとり暮らしで誰にも邪魔されず朝から晩まで。本をまとめて5冊くらいと3日分の食料を買い込んで自分の部屋にこもり、本を開く瞬間が至福の時だった。

石ころだって役に立つ (集英社文庫)

石ころだって役に立つ (集英社文庫)


3冊目は「豪雨の前兆」。明治から現代までの作家の思いをはせる。登場するのは、夏目漱石樋口一葉須賀敦子吉行淳之介伊丹十三司馬遼太郎など。今回の3冊の中では一番がっつり歯ごたえがあった。明治の文豪から鉄道の話、80年代のバブル期の様子、西原理恵子の恨ミシュランまで幅広いというか、バランスがいいというか、一番関川さんらしい一冊だった。


須賀敦子の、意思的なあの靴音」より

彼女は見かけよりも、あるいは本から読み取られる印象よりもずっと強情な人だった。友情をもとめながらも孤独を恐れない人だった。しかしそれ以上に「うっかり人生がすぎてしまう」ことを自らに許さない人だった。そういう人だからこそ、堅牢に積み上げられたヨーロッパの文明のただなかに、日本人がまだ外国に出ることさえ困難だったあの時代に、ひとり分け入って行く勇気を持ち得たのだった。


「なつかしい八〇年代」より

その昔、まだ青年だった頃の私の特質は、楽観主義的悲観だった。つまりなんにも努力せず欲望に任せて日々を過ごし、それはそれでいいじゃないかと居直っているはずなのに、一分ごとに後悔し一秒ごとにいらだつという矛盾した気分のなかで生きていた。そのうえ、自分は相当なばかものではないかと疑ってもいたから、私はそれを明らかにし、また落着かない気分を沈めるためにスペイン語の夜間学校へ行くことにした。なぜスペイン語かというと、いつか南米でも放浪してこのふやけた自分を叩き直すか、もっと徹底してふやけさせるかどっちかの道しかないと考えたからだった。

私は後悔していらだって、タイに行きたくてタイ語を勉強してた。結局ぐずぐずしててタイには行かずじまいでしたが。大学生の頃は自分のことがままならず、いつもこんな感じでいらだってました。関川さんが別の部分で書いているように、人と話するのが苦痛で床屋や銭湯にいくのがおっくうでした。今思うと臭かっただろうな。最近はめったにいないけれど、本屋などで小汚くて臭い大学生を見つけるとひとごととは思えません。

豪雨の前兆 (文春文庫)

豪雨の前兆 (文春文庫)