とどヶ崎

本棚に、表紙がボロボロになった東北地方の道路地図がある。大学3年の夏休みに、16日間かけて東北地方をオートバイで旅行した時に使ったものだ。自分が走ったルートやテントを張った場所を蛍光ペンでしるしをつけてある。角館には、「コインランドリーで洗濯」、三沢には、「バイクの調子悪、オイル交換」と書いてある。一人旅だったのでどうせ写真をとることもあるまいとカメラは持っていなかったので、写真がないのが今思うと残念だけれど、1日目から順にルートを辿っていくと、行った先々の光景が目に浮かぶ。朝日スーパー林道の緑、あっけらかんと青空がひろがり思い込みに反して明るい雰囲気だった恐山。秋田の山奥の村では、パンを買おうと入った店のおばあさんの言ってることが全く聞き取れず往生した。


14日目は岩手県宮古市重茂の姉吉キャンプ場で泊まっている。ここは、本州最東端の「とどヶ崎」に行くために立ち寄ったところだ。キャンプ場の管理人のおじさんは、「キャンプ場からとどヶ崎までは、2キロくらい。遊歩道だけどバイクなら行けるよ。」と教えてくれた。おじさんのアドバイスを真に受けて、愛車のXT250Tを遊歩道に乗り入れたものの、最初のカーブを曲がって現われた急坂を登りきれず、あっけなくエンスト。急坂の途中でエンストしたものだから、キックしようと後輪のブレーキを放すとずるずると前輪を引きずって下に落ちていく。仕方なくゆっくりゆっくりバックして、キャンプ場に引き返した。


おじさんに、「私のバイクじゃ無理です。」と言うと、「これやったら大丈夫やぞ。」と事務所の奥から小さなトライアルバイクを出してきてくれた。本当に大丈夫かなと内心不安に思いつつも、せっかくのご好意なので有難くお借りして、遊歩道に再挑戦した。トライアルバイクは歩くような速さでゆっくりと、ぐいぐいと力強く急坂を登っていく。松林の中の曲がりくねった道も、小さな車体でひらりとすり抜けていく。薄暗い松林をぬけると、広い岩場の向こうに、真っ青な太平洋が広がっていた。岩場の先端には白い灯台がぽつんと立つ。そこが「とどヶ崎」だった。バイクのエンジンを切ると波の音のほかは何も聞こえない。私のほかは誰もいない。15分ほどぼおっと海を眺めてから、来た道を引き返しキャンプ場にもどった。


キャンプ場は、山がちな海岸線に少しだけ広がった平地にテントサイトとトイレと水場があるだけの簡単なもの。夏休みだというのにお客さんは私以外いなかった。今回の津波宮古市も被害を受けている。あのキャンプ場はどうなってるだろう。


追記:キャンプ場のあった姉吉地区には、昭和8年の三陸津波の後に「此処より下に家を建てるな」と書いた大津波記念碑が建立されて、その教えを守ったおかげで今回の地震では大きな人的被害を免れたそうです。


岩手県の小さな村を大津波から守った「石碑」海外でも話題:http://www.excite.co.jp/News/woman_clm/20110424/Pouch_19814.html

大津浪記念碑 - Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%A5%E6%B5%AA%E8%A8%98%E5%BF%B5%E7%A2%91

津波記念碑「此処より下に家を建てるな」−You Tube:http://www.youtube.com/watch?v=5v7ENkBwpAQ