明治大正史 世相篇

柳田国男が、昭和6年にその当時の世の中のごく平凡な事象を観察し、明治、大正の間に世の中がどう変わったかをまとめたもの。食べ物、住まい、都市、職業、交通、産業などあらゆる分野に触れています。江戸時代から昭和にかけて社会がどのように変化したのかを眺めることができる本です。


地方の衰退についての、著者の分析の鋭さに驚きました。かなり長いですが引用します。

そういう不用意なる大小の都市の間にも、早晩に生存のための競争が現れて来て居る。汽車がその大多数を連絡させてしまうと、ただちに気づかれるのは町と町との感覚のあまりに短いということであった。単なる消費と分配の町ならば、そういくつもの中心は要らぬということになって、力のやや劣ったものが苦悶をし始めた。一部は何らかの特殊生産を見つけて、新たに自分の領域を拓こうとして居るのだが、他の多くはむしろこのわずかな距離の差を利用しても、隣を接する都市の繁華を奪い取ろうとする。模倣はこの趣旨から急激に行われて居るのである。以前の城下町などがそれぞれに持っていた気分はそのために破れ、特色ある周囲の風景と縁が切れて、いよいよもって多くの町はいずれか一つあれば沢山ということになり競争は必死(至)に陥った。これに中央の商業が干与すると、いっそう速やかに地方旧市の矜持は崩壊するのであった。現在の彼らはその事業の中心を中央商品の取次ぎに置いて居る。自分で作り設けまたは保持して世に示そうとするものが、ことのほか乏しくなって居るのである。人口がひとり非凡に増加するというだけで、日本の小都市ほど各自の文化を持たぬ都市は類が少ない。あるいは大学その他の学校をも争い取ったけれども、これとても単なる繁栄の刺激であったゆえに、これを自分のものとしては愛護していない。他の幾多の官庁・兵営、もしくは道路・鉄道の引っ張り凧にいたっては、ことに見苦しい闘奪が多く、その惨劇は今もなお持続して居るのである。


これ、今から83年前に書かれたものです。北陸新幹線開業を目前にして浮つき気味で、地方再生に向けた国の予算をあてにしている、我々への警告と受け止めました。

明治大正史 世相篇 新装版 (講談社学術文庫)

明治大正史 世相篇 新装版 (講談社学術文庫)