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触覚

3年ほど前から、時間を作って坐禅するようにしている。朝起きてすぐに坐ることが多い。最近なんとなく手順というか、坐っている間の流れが決まってきた。


まずは、背骨の上に頭を乗っけるようなつもりで姿勢を正す。それから、息を吐いて1、吸って2、と10まで数えることを、何回か繰り返す。わさわさした気持ちが落ち着いて来たら、数をかぞえないで吐く息、吸う息の流れに集中する。「今、吐いてる。吐いてる」てな感じで。それから聞こえてくる音に意識を向ける。遠くでなくカラスの声、ファンヒーターの音、身体の中から聞こえて来る音。入ってくる光を網膜が受けているのをそのまま感じるつもりで、視界全体をぼんやり眺める。皮膚が空気にさらされている感覚、衣服と触れている感覚にも意識を向ける。


考えないように、頭で言葉を弄ばないようにする。視覚、聴覚、嗅覚、触覚に集中する。鼓膜、網膜も含めて、自分と外界の境目である皮膚で感じていることが、この世の全てだ。


普段いかに自分考えや他人の言ったことにとらわれているか、いかに言葉が頭の中をぐるぐる駆け回っていて、目の前のこと、今ここを感じていないのかがわかります。坐ると、なぜかその日一日、すっと物事に取りかかれるように思います。