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海商三代 北前船主 西村屋の人々

 羽咋市一宮に本拠を置いた北前船主の西村屋の勃興から没落まで三代の歴史。初代の忠兵衛が生まれたのは、1819年(文政2年)、三代目の忠吉が亡くなったのは1934年(昭和9年)この間の約110年の激動の歴史です。

 

初代は北海道の鰊〆粕の取引で大儲けし、2代目忠左衛門は、その財産で大阪で海産物問屋を営んだり、不動産に投資してさらに増やして、西村屋は大阪で「銀行の鴻池、鉱業の古河、海運の西村」とまでうたわれるようになる。しかし、汽船の登場によって北前船が時代遅れとなったことや、一族の複雑な関係が仇となり三代目忠吉で全てを失ってしまう。

 

著者は四代目の次男にあたる国文学者の西村通男さん。書きぶりがやや思い入れたっぷりの感もありますが、ご自身の身近な人について書いているので迫力あります。

 

実家の近くの橋立にも北前船の船主の館があります。子供の頃には親戚から昔は北前船に乗っていたという話も聞いたことがあります。北前船の商売の実態や、蓄えた莫大な資産の行方について、少し詳しく調べてみたくなりました。

海商三代―北前船主西村屋の人びと (1964年) (中公新書)

海商三代―北前船主西村屋の人びと (1964年) (中公新書)