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戦中派不戦日記

渡辺京二さんは「幻影の明治 名もなき人々の肖像」の中で、山田風太郎の一連の明治もの小説を題材にして、明治の時代の肌触りを再現している。この本を読んで山田風太郎に大変興味を持ち、彼の著作を読んでみたくなり、とっかかりとして昭和20年1月1日から12月31日までの日記をまとめたこの本を手に取った。

 

日本の劣勢が色濃くなっていく中、同年代の学生は次々に徴兵され戦地に向かうが 、東京大学の医学部の学生だった山田は、勉強を続けることができた。戦場に出かけることもなく、空襲下の東京を逃げ回り、長野県飯田へ大学と一緒に疎開しながら勉強を続けたという意味で、不戦日記なのだ。

 

1月から8月の敗戦まで、ほぼ毎日のようにB29が日本にやってきていることが意外だった。大規模な空襲が毎日あるわけではないけれど、小規模な編隊が来ても空襲警報が発令され、その度に人々は夜中に叩き起こされ防空壕に逃げ込む。これがほぼ毎日続く。

 

また、今日は新宿、明日は品川と次々に空襲で焼け野原になっていても、人々は自分が焼け出されるまでは、それまでと同じような日常生活を淡々と営んでいる。鈍感なのか諦めなのか恐怖に逃げ惑うということがない。いつもと同じように配給の列に並び、ご飯を作り仕事に行く。

 

8月15日の玉音放送の後、このまま敗戦を受け入れるべきか、それとも本土決戦に向けて立ち上がるべきかを、友人と徹夜で激論を交わす。天皇陛下の決断を受け入れるべきとの判断でクーデターまがいの計画は立ち消えになる。

 

また、進駐軍が来ると、これまで鬼畜米英と叫んでいた人たちがコロリと手のひらを返して、東条英機首相など軍関係者を悪者としてこき下ろす姿に、戸惑い憤っている。

 

もともと公開するつもりもなく書いた日記を、ほとんどそのままの状態で昭和48年に出版したものなので、天気のことや授業のこと、読んだ本のことなど単調な内容が続く部分もある。また、若者の妄想が暴走している日もある。でも、だからこそ大学生が当時何を思っていたかストレートに伝わってくる。間違いなく当時の社会の一面をそのまま切り取った記録となっている。

 

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)