イワン・イリッチの死

イワン・イリッチ はロシアの官吏として、そこそこの地位と収入を得て、そこそこ綺麗でそこそこの家柄の女性と結婚する。関心事は仕事での出世と快適な私生活。子供ができて家庭生活の面で奥さんとのゴタゴタが絶えなくなると、世間体を保つ上で最低限の役割を果たすだけだと割り切って奥さんや子供たちと付き合う。面倒なことが起こると仕事があるからと家から逃げ出す。そのくせ、地位が上がって収入が増えると新しい家を買い、自分好みの家に改装して舞踏会を開き、良き家庭であることを世間に自慢したりもする。

 

仕事でも、人間関係は職務上必要最小限な付き合いしかしない。そして、ドライに割り切った人間関係をうまくこなせることが、ひとつの能力であるとさえ思う。組織内での出世を第一として、上司の意向に沿うように行動する。

 

そんなイワン・イリッチが自宅の居間を自分で改装している時に梯子から落ちる。そして、その時の傷が元で不治の病に侵される。職場の同僚は一応心配してくれてお見舞いに来てくれるが、職場の同僚としての立場上、必要最小限の役割を果たしているに過ぎないし、あわよくばイワンのポストを我が物にしようという下心が見え隠れする。妻が具合はどうかと聞いてくる言葉も、妻という役割をこなしていく上でのセリフにしか聞こえない。診察する医者も病名などの専門用語をこねくり回すばかりで、病気が命に関わる重大なものなのか、快方に向かっているのかというイワンにとって一番大事な質問には言葉をはぐらかす。

 

死に向かっているという不安に苛まれながら、誰もこの不安を正面から受け止めてくれない、これまでの生き方が全て間違っていたのではという疑いに苦しめられながら衰弱していく。

 

イワン・イリッチは私だ。50歳を過ぎて死を意識するようになった人に。

 

イワン・イリッチの死 (岩波文庫)