秋祭り

実家の母親から、秋祭りの赤飯を用意したから取りに来るようにと電話があった。今年はコロナでお祭りの輪踊りや獅子舞など行事は中止なのだが、母は、赤飯と昆布巻きはどうしても準備したいらしい。土曜日の朝9時に部活へ出かける娘を学校まで車で送り届け、そのまま加賀市の実家へ向かう。いつもなら高速道路を使うところだが、今朝は秋晴れ、青空が広がりまことに気分がいいので、加賀産業道路でゆっくり行くことにした。iPadに入っているお気に入りリストの音楽を大音量でかける。子供達と一緒だとあまりに古い音楽をかけるのは遠慮してしまう。妻がいると音量も控えめにと注意される。中島みゆき、The blue harts、井上陽水ちあきなおみエレファントカシマシ、などなど大声で歌いながら運転するのは気分いいものだ。
 
10時ごろに実家に到着。赤飯はすでに届いていたのだが、母はいなり寿司も作りたいので、スーパーへ油揚げを買いに行くので一緒に来るようにとのこと。二人で片山津のスーパー、マルエーへ行く。お稲荷さん用の油揚げを32枚と、いりごま、お供えの大福と月餅、母の朝食用のヨーグルトを買った。
 
実家に戻ると、今度は、弟夫婦が飼っている柴犬を預かっているので、散歩に連れて行けとの指令。弟はどうしたのかと聞くと、ゴルフに行ったとのこと。弟は2年ほど前からゴルフを始めて、最近は毎週のようにコースに出ているらしい。
 
犬を散歩へ連れて行くために、リードをつけようとするのだが、犬が嫌がってつけさせてくれない。母と二人掛かりで犬を抑え込んでようやくリードを装着できた。散歩に行きたいくせにリードを嫌がるとは面倒な犬。
 
海に向かって歩き始めると、早く先に進みたいと、強引にリードを引っ張って走り出そうとするので、その度に思いっきりリードを引き戻して怖い顔をする。2、3回そんなことを繰り返すと、ようやくどちらが偉いかわかったらしく、おとなしく私の横を、私のペースに合わせて歩くようになった。物分りが良くてよろしい。
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海岸沿いの防波堤に沿って歩くために、幅1メートルほどの溝を跨がなければ行けないのだが、この犬、怖がってジャンプして飛び越えようとしない。仕方ないので、遠回りして溝を迂回して防波堤にたどり着く。よほど過保護に育てられたのだろう。何かと手間のかかる犬だ。
 
透き通るような青空にこんもりした雲が規則正しく浮かんでいる。海も穏やか、風は涼しい。ついこの前までの35度を超えるうだるような暑さが嘘のようだ。防波堤の上を500メートルほど、隣町まで歩く。途中で観光で来たと思われる外国人のマウンテンバイクの集団に追い抜かれる。外国人の観光客も戻って来たのだろうか。大きな声で、「こんにちわ。」と挨拶されたので、「こんにちは。」と応える。
 
犬は、家を出るときは我先にと走り出すくらい元気だったのに、30分ほど歩くと疲れてしまったようだ。私の後ろをはぁーlはー息をあげて、なんとかついて来る。普段あまり運動してないようだ。
 
帰り道に、お彼岸なので、集落の墓地へ立ち寄って父の墓参りをした。海から墓地へ向かう道は、あまり歩く人がいないようで、松の倒木が何箇所かあって、倒木を飛び越えるなり、下をくぐるなりしなければ先へ進めなくなっていた。犬も飛び越えられるだろうと、私が倒木を跨いで行こうとすると、立ち止まって後ずさりして、なかなか先へ進めない。仕方ないので犬を抱きかかえて運ばざるを得ない。本当に世話がやける犬だ。
 
墓地には誰もいない。犬と一緒に墓参りして実家に帰る。
 
実家に戻ると母がおいなりさん用の油揚げを炊き上げて、扇風機の風を当てて冷ましていた。犬は普段よりもよほど長く歩いたらしく、冷房の効いた部屋でぐったり横になって昼寝し始めた。
 
お稲荷さんと赤飯、昆布巻きにワラビと油揚げの煮物で簡単に昼ごはんにする。食後30分ほど昼寝をしてから、金沢に戻って来た。
 
帰りも一般道を大声で歌いながら運転した。たまには、一人っきりになって歌いながら運転するのも楽しいもんだ。
 
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帰省

8月上旬に息子が帰省した。自動車学校に通って免許を取るために今回は帰って来た。2年ぶりに家族4人で過ごすことになったのだが、これが楽しい。特に4人揃って晩御飯を食べる時間が楽しい。娘が今日学校で何があったのか、など妻に報告していると、息子がツッコミを入れる。私が言うと、娘にキツく当たるような言葉も、息子の言葉なら娘も言い返しやすいし、深刻にならないのだろう。時々、兄妹で言い合いになることもあるけれど、そこはそれ、二人でうまく調整している。
 
大学に入ったばかりの頃は、ビール一杯でも気持ち悪くなると言っていた息子が、結構お酒を飲むことも判明した。晩御飯を食べながら、ビール、日本酒、ワインを飲んでいる。この前の日曜日には、豚ばら肉の韓国風焼き肉をしながら、二人でワインを一本空けた。思えば、これまで我が家では、お酒を飲むのは私ひとりだったので、お酒の準備をするのも私、つまみは妻に頼まないと作ってもらえないこともあった。晩御飯を食べる時には、私以外はいきなり白飯を食べ始め、私だけがダラダラと酒を飲んでいた。息子と二人で飲んでいると、やっぱり楽しい。一人で飲むのは気楽でいい面もあるが、やはりさみしかった。
 
息子と飲んで、そのままリビングで沈没する心地よさは何物にも代えがたいと思う。幸せすぎて、もう、他のことはどうでもいいと思ってしまうくらいだ。娘も声楽コンクールで歌った歌を披露してくれたり、学園祭に向けて練習しているダンスを見せてくれる。彼女は、人と気楽に話せる性格でもないくせに、友達を作るのに苦労しているくせに、目立ちたがり屋だ。将来人間関係で悩んでしまうタイプだ。
 
私は、そんな彼らを眺めながら、ひたすら食べて酒飲んで、テレビ見ている。あまり話すことはないけれど、横にいるだけで楽しい。嬉しい。4人でこんな風に1ヶ月以上過ごせるのも、今回が本当に最後だと思う。息子は9月半ばには東京に戻るだろうし、今後もこんなに長期間にわたって帰省することはないだろう。そうしているうちにも、娘が大学進学して、多分県外に住むことになる。当たり前の日常が戻ってくることがなくなるのだ。
 
記念に写真館に行って家族写真を撮ろうと思う。東京の小金井に住んでいた時に、妻と息子と立たしの3人で、吉祥寺の有名な写真館に行って家族写真を初めて撮った。そこは、あ野口英世のポートレイトを撮ったという歴史ある写真館だった。私は赤いVネックのセータを着てまだ、アメリカかぶれが抜けきっていない。33歳ごろの時。息子は1歳か2歳になったばかり。妻はほっそりしている。その時は、毎年この写真館で家族写真を撮ろうと思っていたけれど、結局、引越しがあったり、撮影に3万円も毎年払い続けるのが勿体無く感じられるようになった、七五三や入学式など節目の時にしか家族写真を撮っていない。息子ご娘も大きくなってからは、自分でスマホで撮影するくらいで写真館にも行っていない。
 
今度の週末にでも、ちょっと奮発して写真館に行ってみよう。これが最後と思っていくのもなんだか悲壮感がまとわりついて重い気持ちになるが、もうあまりこんな機会がないと思うとそれでも写真を撮っておきたいと思う。

エアコンを買いに

久しぶりに息子が帰って来ることになり、普段使っていない和室で寝てもらおうと、エアコンの試運転をしたところ、風は出てくるものの一向に冷たくならない。室外機を確認してみると動いていない。

 

修理しようか、買い換えようか迷っていたところ、妻が、「今ならケーズデンキでエアコンを3台買うと、3台目が半額になるよ。」と教えてくれた。「最近のエアコンは電気代も安いっていうし。」これを機にエアコンを新しくしたいらしい。

 

最初はもったいない、修理しようと思ったが、良く考えてみると、うちのエアコンは全部、19年前にこの家を建てた時に設置したエアコンで、遅かれ早かれそろそろ寿命だ。それに、2階のリビング兼ダイニング兼キッチンの部屋は20畳くらいの広さで階段室の吹き抜けとつながっていて、勾配天井となっていて、新築時につけた5kwのエアコンではパワー不足で真夏は部屋全体が冷えるまで時間がかかる。エアコンも常に全力運転で側で見ていても辛いので、できればもっとパワーに余裕がある機種に買い替えたいと思っていたのだ。

 

二人の間では、「もう、寿命だし。」というのが決め手となり、3台まとめてエアコンを入れ替えることにして、早速、ケーズデンキに出かけた。

 

メーカーはダイキンに決めていたので、店員さんにダイキンでお願いしますと最初に告げる。エアコン専業メーカーであることと、この20年で売上高4倍以上に伸ばした企業ということで興味があったのだ。まずは、リビング用の大きなエアコンを見る。店頭には、23畳用(7kw)が32万円、26畳用(8kw)34万円が置いてある。最近のエアコンは、フィルターの自動洗浄は当たり前、ダイキンは加湿運転と換気もできるのが特長らしい。WiFiに繋げてスマホやスマートスピーカ〜でも操作できる。

 

どちらにしようかと迷ったが、店員さんにも相談して、小さい方にして効きが悪くて後悔するのも嫌なので、一番大きいやつにした。

 

8畳用と6畳用は寝る時にしか使わないので、ダイキンの一番安いモデルでお願いする。3台まとめてなんとか50万以内に収まった。3日後に取り付け工事をしてくれるというので、その場で購入を決めた。

 

というのがお盆前の話。既に新しいエアコンに入れ替えて10日ほど経った。やっぱり家電製品は最新がいい。リビングはエアコンをつければすぐに冷えるし、運転音も静か。寝室用の安いエアコンもインバーター制御ではあるので就寝中は静かにゆるゆると運転してくれてぐっすりと眠れる。今までは、全力運転か停止しかなかった。

 

一つだけ不満だったのは、取扱説明書の中で、エアコンをWiFiに接続するやり方がわかりにくかったところ。何度も読んで説明書の指示通りに設定しても繋がらない。仕方ないのでグーグルで検索してようやくやり方がわかった。

 

妻とは、これから毎年のように、この家のいろんなところを修理していかないといけないんだろうなと話している。去年は給湯器を修理した。次は、キッチン周りが怪しくなってきた。外壁や屋根もだいぶ傷んできている。

 

 

 

 

 

お盆のひがし茶屋街

今日の散歩は、卯辰山方面へ出かけた。

 

宇多須神社の裏の道を奥へ鶯谷を登っていく。途中で左に折れて、斜面をほぼ直登する道路に入る。畑や墓地を抜け、尾根筋をしばらく行くと市民工房に出る。ここまでで20分。既に汗だく。さらに車道を登って望湖台に到着したのは18時。日本海に沈む夕日にはしばらく時間がかかりそうだったので先を急ぐ。

 

新しくできた眺望広場を少し下ったところで右折すると、最近閉店してしまった料理屋さん「卯辰かなざわ」が見える。座敷からの眺めが素晴らしく、値段の割には料理もおいしくて、親族の集まりで何度かお世話になっていただけに残念。

 

子来町の坂を下り宝泉寺の境内へ。ここからは橋場町、並木町あたりの眺めがいい。今日はお盆ということで、のぼり旗がはためいていた。

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千里浜、ホリ牧場

夏休みも後半。さすがに家で家族4人が顔を突き合わせているのも飽きてきたので、小ドライブに出かけた。
 
行き先は、千里浜、帰りに内灘のホリ牧場に立ち寄ってソフトクリームを食べることにした。
 
田中の交差点から8号バイパスにのって北上する。白尾のインターチェンジでのと里山街道に入る。高松あたりを走っていると、左手に見える日本海のところどころに雲から激しく雨が降っているような、水煙のようなものが見える。まるで熱帯のスコールだ。
 
今浜でおりて千里浜に入る。入口近くではたくさんの車が波打ち際に停まっていた。雨がパラパラしていたので、泳ぐひとはほとんどいなかった。車の周りで写真をとったり、海を眺めたりする人が多数。我々も、久しぶりの家族写真を撮った。焼き蛤屋さんが数軒、店をだしていたので、食べて帰ろうかと誘ってみたが、「ソフトクリームが食べたいので今回はパスする。」という娘の意見に引きずられ、雨が本降りになってきたこともあり、そうそうに内灘に向かって引き返す。
 
のと里山街道の内灘インターを降り、石川県立自転車競技場の横をとおる。ここには、娘が生まれたころに、自転車のトラック競技をやるために週末に通っていた。娘が生まれる直前にロードバイクを買って乗り始めところ、自転車にハマってしまい、調子に乗ってトラック競技にも手を出したのだ。当時、息子は5歳くらい。妻が娘の世話に忙しいので、私が息子を自転車競技場に連れてきて遊ばせていた。その息子が、大学で自転車競技をやることになるとは、月日の経つのは早いもの、感慨深い。
 
サンセットブリッジの脇の、急坂を下って、河北潟干拓地に降りる。干拓地内を5分ほど走ってホリ牧場に到着。早速、お目当てのソフトクリームを買って、ベンチに屋外のベンチで食べる。夏休みだからか、小さな子供を連れた家族連れやカップルがくつろいでいる。
 
子供が小さいときは、何度もこのホリ牧場のお世話になったものだ。特に娘は動物好きで、ウサギが見たいとか、ヤギが見たいとか言うので、毎週のように連れてきたものだ。
 
妻が1ヶ月ほど入院していた時は、気分転換のために外泊の許可をもらって、ここに連れてきたこともある。ちょうどトウモロコシの収穫時期で、トウモロコシ早食い大会をやっていたのだが、妻は入院中にもかかわらず出場して、5人で競った中で一番になり、大したもんだと感心したこともある。
 
今日は、広場にヤギが繋がれていた。日よけの屋根を支える支柱にヤギを繋繋いでいるロープが絡まってしまい、ヤギの動き回れる範囲が大変せまくなっていて、かわいそうだったので、ロープを引っ張ってヤギを移動させて、絡まったロープを元に戻してやった。
 
非常にいいことをしたような気がして、大変良い気分で、ホリ牧場を後にした。
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香林坊、広坂、兼六園下、橋場町

日中は外に出ると命の危険を感じるくらい暑いので、今日は早朝に散歩した。

 

5時30分に家を出る。昌永橋を渡って瓢箪町、金沢表参道商店街をとおり武蔵が辻へ。そこから157号を香林坊まで歩く。私と同じように早朝散歩中の高齢者の皆様、街中のホテルに宿泊したと思き家族づれの観光客、一生懸命ランニングに励むおじさん。思っていたよりもたくさんの人が歩いている。広坂から兼六園下、橋場町、小橋を経由して帰宅、1時間10分の散歩でした。

 

大手町から橋場町の道の途中で見つけた坂道。

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浅野川沿いの家の朝顔。綺麗に並んで咲いていた。

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夏休みらしいバーベキュー

 娘の高校もようやく夏休みに入ったけれど、毎日コロナの感染者が増え続けている状況では、旅行にも行けず、外食するのも気がひける。

 

3月から家族揃っての出かけていないので娘もストレスが溜まっているのだろう、夏休みらしいことをしたいというので、バーベキューをすることにした。妻もたらふく肉を食べたいという。肉を調達するために、11時ごろコストコに行く。精肉コーナーでTボーンステーキ1300グラムが7,000円。赤身のステーキが1キロで4,000円。どちらにしようか悩む。せっかくなので、そう何度もするわけでないので、とか、二人で顔を見合わせ言い訳しながら、Tボーンステーキをカートに入れる。羊も食べたいので、ラムの骨つき1,9001円もカートへ。せっかく来たので、ワインを赤白一本づつ、ギリシャヨーグルト、牛乳、卵、ポテトチップス、ソーセージ、生のラズベリー、チェダーチーズのブロック、シリアルを購入。

 

昼間は肉を焼こうという気持ちが萎えるくらい暑かったので、6時近くになって少し日が陰った頃に2階のベランダでキャンプ用のテーブルとバーベキューグリルをセットして、炭に火をおこす。

 

30分ほどして火力が安定したことを確認して、まずは羊を焼く。羊はローズマリー入りのオリーブオイルでマリネしておいた。付け合わせのじゃがいもは厚めにスライス、玉ねぎは丸ごとアルミフォイルに包んで焼く。娘の希望でしっかり目に焼け上がったら、骨を手でつかんで肉にかぶりつく。羊のいい香りが鼻を抜ける。一人2本、それぞれペロリと食べる。

 

じゃがいもをじっくり焼いて、ホクホクにして食べた後に、いよいよTボーンステーキを焼く。厚さが3センチくらいはありそうなので、炭火をならして、肉全体に満遍なく火が当たるように調整してから肉を載せる。火が暮れて暗くなったので、ベランダの照明だけでは、肉の焼け具合を確認しづらい。娘に懐中電灯を持ってきて、照らしてもらい、肉の状態を確認しながら焼く。何度かひっくり返しながら20分くらい焼いたところでトングを押し当てて硬さをみると、肉が締まった感じがした。もう大丈夫だろうと、妻に肉を台所に持っていき、切り分けてもらった。

 

切った肉の断面をみると、ウエルダンの部分とミディアムレアの部分がいい具合に混ざり合っていて、それぞれの好みに合わせて食べれられる状態でうまくいった。

 

Tボーンステーキは骨を挟んでフィレとサーロインの両方を味わえるのが醍醐味。フィレの部分は脂身が少なくあっさりして、柔らか。サーロインは適度な脂身があってうまい。最初は、こんなに沢山の肉、誰が食べるんだと、みんな諦め気味だったが、食べ始めると、次々とお皿に手が伸びて、気がついたら最後の一切れになっていた。

 

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内灘まで歩く

気温35度は超えているだろう。と思いながらも、15時過ぎに散歩に出かける。

 

2時間くらいで内灘まで歩いて、電車で帰ってこようと歩き始める。笠市町から浅野川沿いを歩く。 2週間前は堤防の上の歩道を歩いたが、今日は河川敷に降りて歩いてみることにした。

 

7月の雨で河川敷の上まで増水して路面が泥で覆われたようだ。乾いた泥がこびりついて、乾いたところはホコリが舞っている。生乾きのところはサンダルで踏むとにゅるっと滑る。草が伸び放題で人の通り道を所々侵食している。草いきれでムッとするし、細かい虫も飛んでいてあまり快適なコースとは言えない。しかし、水面をみるとたくさんの鳥がくつろいでいる。アオサギ、シラサギ、カモ系の鳥、真っ黒な鵜もいた。犀川浅野川の上流と違ってあまり人が来ないので、鳥も集まりやすいのかもしれない。写真を取ろうとカモに近づいていくと、カモの集団は私を避けるように向こう岸へ泳いでいく。1羽が水面を駆け出して飛ぼうとすると、それにつられて全員が一斉に滑走し始める。ここは鳥を見にくるだけでも楽しい。

 

大河端あたりから線路に沿って歩く。須崎の手前でガマの穂の群生地を見つけた。ガマの穂と言えば因幡の白兎のお話。ワニに毛をはがされズル剥けになったウサギの治療のために、大国主命がガマの穂をほぐして体につけるように言った場面の印象が強烈で、今もガマの穂をみると、何本か取りたくなる。

 

須崎あたりで水田の横を歩いた。稲穂が実って首を垂れている。7月は長雨が続いたけれど、順調に育っているようだ。水田の向こう側を、2両編成の電車がゆっくり走っていった。

 

粟ケ崎駅を過ぎて川を渡ると内灘駅だ。ゆっくり歩いたので家から2時間半かかった。17時28分発の電車で金沢駅まで戻った。

 

思っていたよりもたくさんの人が途中から電車に乗り込んできた。1時間に2〜3本の運行だが、地元の足として使われているようだ。

 

15分ほどで金沢駅に到着。家についてのは18時30分だった。

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かき氷を求めて石引へ、帰りは宝円寺から裏門坂を下る。

 「石引に「ウミネコパーラー」というかき氷屋さんがあって、最近はやりの豪華なかき氷が食べられるらしいので、歩いて行ってみませんか?」と妻を誘ってみたところ、珍しく乗ってきた。

 

大手町から金沢城公園に入って石川門から出て、そのまま真っ直ぐ進んで石引の金沢医療センターの横へ。石引の通りを進んで、福光屋さんを過ぎて少し進んで、交差点の手前あたりで、女性が何人か行列を作っている。そこがかき氷屋さんだった。家から40分くらい歩いてきた。満席でお店の中でも何人か席があくのを待っている。

 

「行列に並んでまでして食べたいわけでもないし。」と二人の意見が一致。近くのファミマで炭酸水を補給してから引き返す。

 

帰りは違った道を通ろうと、金大付属病院の方へ曲がって宝円寺に向かう。木曽谷へ下りる角に旧町名の石碑を発見。「下百々女木町(しもどどめきまち)」という何やらおどろおどろしい名前。由来は木曽谷へ下る川の水の流れが轟々とどどめいていたからと書いてある。

 

木曽谷へはおりずに、そのまま直進し宝円寺の山門へ向かう。私が10歳くらいの頃に、父が何を思ったのか宝円寺の境内の横に建っていた平屋建ての小さな家を買った。お寺の大きな木の陰にある暗くてジメジメした家だったのを覚えている。3ヶ月に一度くらい、そ窓を開けて家に風を通して掃除するために、家族揃ってその家に来た。両親が掃除する間、私は歩いて広坂から香林坊まで行って、北國書林や福音館書店で立ち読みしていた。結局、一度も住むことなく父が東京へ転勤になった頃に売り払った。その家はどの辺りにあったのかと探してみるが、それらしい家はなく小さな区画の更地がふたつあるばかり。多分ここかなと思いながら、お寺の境内を抜ける。

 

お寺の裏にある墓地に「前田家の墓」の看板を発見。広い区画に鳥居が建っているところが前田家の墓。お墓の横は台地の際。鈴見町、卯辰山が綺麗に見渡せる。

 

墓地を抜けると、扇町から登ってくる坂道にぶつかる。裏門坂というらしい。道の真ん中が階段状になっている急坂だ。今は裏門坂だが、昔はこの坂が宝円寺の表参道だったらしい。詳しくはこちらに↓

kanazawasaka.com

 

裏門坂は鬱蒼とした木々に囲まれて、坂の途中には蔦に覆われた空き家が何件か連なる。金沢の中心部とは思えない、追い剥ぎが出てもおかしくない雰囲気。ここを登って宝円寺まで行ったのか、と300年前に思いをはせる。

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扇町から賢坂辻、小将町を通って東山へ。最近、東山の159号線沿いに、むらはたでパフェを食べる。妻は白桃パフェ、私はプリンパフェ。真夏の日差しの中を1時間30分歩いた後に食べるパフェはたまらんくらいうまかった。

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西金沢駅

15時に家を出る。今日は西の方へ向かって歩く。金沢駅から六枚の交差点、御影大橋を渡って増泉の交差点まで歩く。マックスバリュー増泉店の横を通り、JR北陸線の線路に向かって歩く。この辺りは準工業地帯。工場と民家が入り乱れて建っている。午後の日差しがジリジリと照りつけるが、太陽に向かって歩くことになり、歩道も木陰もない。金沢市の学校給食の集中調理せんたーを過ぎてようやく線路にたどり着いた。新幹線の高架が太陽を遮ってくれて涼しい。しばらくは線路沿いを歩く。線路の北側に渡れる場所がないかと探していると、人ひとりが通れるだけの幅の歩道を見つけた。線路の下2メートルくらいのスペースがあるだけ。歩いている時に上を電車が走ったらうるさいだろうな、とか、昔の車外撒き散らし型のトイレだったら大変なことになるだろうと思いながら歩く。西金沢の駅の手前に川が流れていて、まめだ通りまで迂回しないと橋がないことに気づく。仕方ないので、しばらく川の堤防上の歩道を歩く。
 
川を渡ると西金沢駅の北側、かつてJTの金沢工場があった土地だ。今は工場はなく、住宅地になっている。本当はスーパーや家電量販店も進出するはずだったのだが、一度オープンしたケーズデンキは閉店、今その建物はDMMの巨大な事務所として使われている。DMMは金沢市内に数カ所事務所を構えていた、金沢駅前のポルテや、尾山神社近くの朝日生命ビルにもおしゃれな事務所を構えていたが、それらを全部集約して西金沢駅裏に大きな拠点を作ったのだ。駅近で公共交通の便もいいし、家電量販店跡ということで駐車場もたっぷりあるので車でもアクセスできる便利な場所だ。駅のすぐ横では大和ハウス工業が巨大なマンションを建設中だ。歩いて行ける買い物する場所がないこと、片町香林坊まで遠いことが難点だが、駅に近いので便利かもしれない。
 
DMMと大和ハウス工業のマンションの間は空き地になっている。ゼップがライブハウスを計画していた土地だ。地元住民からの反対運動が起こり頓挫しているが、反対運動がなくても今回のコロナ騒動ではオープンできなかっただろう。会社にとっては無駄な投資をせずに済んで反対運動に助けられた形だ。世の中何が起こるかわからないものだ。
 
駅の自由通路で線路を渡り、米泉側へ。西金プリンスロード商店街を歩く。ごちゃごちゃして道が狭いわりには交通量が多い。メガドンキ、国の食料倉庫、金沢高校を過ぎる。歩いてきた道と交差して用水路に沿った道があったので、片町方面にはその道を通ることにした。歩いていると自転車を猛スピードで漕いでいる何人もの高校生とすれ違う。交通量が少ないので高校生の抜け道のように使われているようだ。津田駒の工場、北鉄野町駅の横を歩く。飲み屋が何件か残っている。アパートもある。いかにも労働者の待といった風情だ。中村町、千日町を抜けると犀川大橋
 
ここまでくると、いつも馴染んだ散歩コースだ。

散歩 浅電、業務スーパー

午後3時、空模様が怪しいので折りたたみ傘を肩掛けカバンに忍ばせ散歩に出かける。卯辰山、東山から石引・小立野方面、東山から田上方面、金沢駅から市民芸術村、犀川河川敷方面、最近はこのうちのどこかへと歩くことが多い。コースもほぼ固定されてきたので、今日は今まで歩いたことがないコースを歩くことにした。
 
浅野川下流に向かって歩いてみた。中島大橋のたもとから堀川町の川に一番近い通りを歩く。緩やかに左右にうねり、古い町家が残る通り。多分江戸時代からそのまま残る通りなのだろう。JRの高架をくぐると、川の土手に出る。歩行者専用道路だ。土手の高さが民家の2階の高さと同じで、土手から民家までが近いので、家の中の様子が見える。土手を裏庭のように使って、植木鉢を置いている家もある。斜面に野菜を植えている家もある。木槿が花を咲かせている家もある。濃厚な生活感を感じる道だ。犀川の河川敷や常盤町あたりとは違う雰囲気。川ではカルガモの群れが集まっている。
 
途中から車道が土手の上を通り、歩行者専用の道路がなくなる。北陸鉄道浅野川線、通称、浅電も土手のすぐ横を通るようになる。土手を降りて集落の中を線路沿いの道を探しながら歩く。歩行者しか通れない細い道を歩いていると、線路沿いの家の生活道路なんだろう、踏切のないところに歩行者が線路を横断するための踏み板が置いてあり、線路への侵入防止のロープに切れ目があった。この辺りは犬を買っている人が多いのか、犬の散歩中の4人とすれ違った。集落を歩いていても、玄関先に犬がいる家を何件も見かけた。
 
国道8号の高架まで歩いて引き返す。帰りは諸江のアルプラザの前を通る道を通る。途中で業務スーパーがあったので偵察。業務用の冷凍食品や調味料に加えて、野菜やお肉、乳製品や豆腐、お酒も売っていた。普通のスーパーの代わりに利用する人も多いのだろう、買い物客がひっきりなしにやってくる。大袋に入ったトルティーヤチップスが394円。トマトでサルサソールを作り、ディップして食べるとビールのつまみに最高。と思いながら手にとってみたが、いやいや、こんなん食べたら太るわ、と元に戻して何も買わずに店を出る。
 
金沢駅は4連休の最終日とあって、去年までのごった返すような混雑ではないが、そこそこの賑わい。2週間後にコロナウイルスの感染者が増えなければいいが。
 
駅から武蔵が辻、彦三を経由して帰宅。歩行時間は2時間20分。

ニトリでソファー購入

久しぶりに妻と娘を連れて加賀市の実家へ行く。高齢の母親に万が一コロナウイルスを感染させるわけにいかないと、この4ヶ月、私だけがたまに訪問し娘は連れて行ってなかったのだ。
 
母は一人暮らしなので、普段は話したくても相手がいなくてもどかしいのか、私が実家に行くと、なんやかんやとずっと話しかけてくる。ちゃんと話を聞いてあげなければ、と思うのだが、近所のあそこに家のお嫁さんがどうしただの、母の友達家族がもめているだの、どうでもいい話ばかりなのでつい、適当に受け流して聞いてしまう。今回は話し好きの妻と娘がいるので満足してもらえただろうか。
 
みんなでテレビを見ながらお茶を飲んだ後、母が居間に置いてあるソファーを買い替えたいというので、小松のニトリまでみんなでソファーを見に行く。今年78歳になる母は、さすがに体の所々ガタがきていて、特に膝が痛くて畳の上に直接座るのが辛いらしい。椅子中心の生活がしたいという。今使っているソファーがヘタって座りここちが悪いので新しいのが欲しいとのこと。
 
ニトリは安いけれど、品質もそこそこという印象しかなかったが、お店で実際にソフィーに座ってみたら、そこそこしっかりとした作りで驚いた。値段もそれなりで、以前のように2、3万円代中心から5万円以上、いいやつだと10万円以上に価格帯が上がっていた。
 
みんなで、あーでもない、こーでもないといろんな椅子に座ってみる。母は、5万円のハイバックで、硬めの座り心地で布張り、3人掛けが気に入ったが、決めきれないらしく今日は買わないと言い始める。私は、今はネットで購入できるので、一旦家に帰って部屋の寸法を確認してから決めましょうと提案して、帰宅する。
 
実家に戻りメジャーで部屋のサイズを確認してみる。コップや湯のみを置いている戸棚を隣の洋間へ移動すれば、6畳の居間に長さ170センチのソファーを置いても狭苦しくならないことを確認してから、ネットで購入手続きを始める。
 
在庫がないらしく8月20日の納品予定で、古いソファーの引き取りもお願いして注文を確定した。
 
 

高儀町(こうぎまち)

 通勤用の自転車、ブリジストンのアルベルトの後輪のタイヤがすり減ってほぼ丸坊主状態になったので、タイヤ交換のために金沢市民芸術村の裏にある自転車屋に行った。1時間くらいで作業終了するとのことだったので、夕方取りに来ることにしてフラフラと玉川図書館方面に歩き始める。

 

図書館までたどり着いたものの、先週4冊借りたばかりだし今日もアマゾンで買った本が2冊届くことになっているので素通りして、国道157号を香林坊方面へ歩く。銀行や証券会社のビルばかりだったこの通りも今はホテルが軒を連ねるようになった。いくつかのホテルは1階がカフェになっているので、本を読む場所には困らなくなった。今日は東急ステイの一階のカフェに入る。スターバックスドトールは満員だけど空いてていい。1時間ほどアイスコーヒーを飲みながら岩波文庫の「失われた時を求めて」8巻を読む。この小説、2年前から読み始めたのだが全14巻、ようやく8巻までたどり着いた。20世紀初めのフランスの社交界の様子が延々と綴られる。

 

157号に戻り再び香林坊方面に向かって歩く。片町交差点まで行って右折し中央通りを元車の交差点に向かう。元車の交差点を過ぎて市民芸術村方面に少し歩いたあたりで旧町名を標した石碑を発見。「旧高儀町」とある。元々は藩の用地だったので「公儀町」呼ばれていたが、後に公の字を高に置き換えたとのこと。

 

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石碑の近くから旧道に入ると古いお米屋さんの建物を発見。通りのカーブに沿って建物も折れ曲がっているのが面白い。

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中央通りの古い住宅。

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三社あたりの用水の眺め。遠くに見えるビルは金沢駅近くのルートイン。

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最後に自転車屋さんに戻って、自転車を受け取る。タイヤとチューブ、リムフラップ、フロントブレーキのシューを交換してもらって9100円。交換作業は自分でできないわけでもないのだが、ベルトドライブの駆動部分を分解して組み直すとグタグタになるような気がしたので、今回はプロにお任せした。これで、毎日安心して5年間は乗り続けられると思えば安いもんか。

健康な生活

ゆっくりとではあるが体重は右肩上がりが続いているし、去年の人間ドックで血圧が高いと指摘されたこともあり、生活を整えることにした。

 

食事については、

 

まずは食べ過ぎないように気をつけている。朝はヨーグルトに果物、グラノーラを少し。昼は大きめのおむすびを職場に持っていく。間食をしない。お酒を飲むのは、金曜日と土曜日だけにする。平日は家で飲まない。食べたものとカロリーをアプリで記録する。

 

こんな生活を初めて3週間経過した。体重は3キロくらい減った。

 

朝のヨーグルト、昼のおにぎりは毎日同じで飽きてしまうのではと思っていたが、慣れてくるとかえってこの方が心地よい。胃腸に負担がかかるものを食べてげんなりすることもないし、何食べようか迷わないので、脳みその判断力を無駄遣いすることもない。

 

お酒のことが頭がら離れなかったのは最初の3日だけ。飲まなきゃ飲まないでやっていけるし、飲むと体調に悪いというのがよくわかるようになった。消化器系への負担、飲み会で夜更かしすることの負担が、思っていたよりも大きいことに気がついた。12時過ぎまで飲んでいると、そのダメージが3日は続く。

 

運動については、朝5分のスクワットと腕立て伏せ、腹筋。週末のストレッチのみ。これまでのように、走ったり自転車でカロリー消費などしない。運動を頑張りすぎると、どか食いする言い訳を自分に与えてしまうような気がするのだ。どっちみち、食生活の習慣を変えないと根本的な解決にならないのだから、あえて運動はしない。

 

下の写真は今朝の朝食。グラノーラとヨーグルト、バナナに冷凍イチゴ。よく混ぜて食べる。隣で納豆と味噌汁でご飯をバクバク食べている娘には若い女の子みたいだと笑われている。

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無形資産が経済を支配する

 経済の停滞と格差拡大が長期に続いているのは何故なのか? 

 

この問題に対して、著者は、「投資における無形資産の重要性が増大しているから。そして無形資産の重要性が増しているにもかかわらず、既存の会計制度では無形資産の実態を把握することができず、また、無形資産の持つ4つの特徴のために、社会全体として十分な投資がなされていないから。」と言う。

 

無形資産とは何か。わかりやすい例は、特許や著作権、デザインなどの知的財産だ。また、企業独自の製造ノウハウ、ブランド価値、従業員の能力なども無形資産だ。このような無形資産は、企業がソフトウエアや新技術の開発、生産技術tの改良、従業員への研修、市場調査とブランディングに投資することによって生み出される。

 

無形資産には、建物や機械装置などの有形資産にはない4つの特徴がある。

  1. サンクコスト(埋没費用)となることが多い。
  2. スピルオーバー(波及効果)を作り出す。
  3. スケーラブル(拡張可能)である。
  4. シナジーを持つ傾向にある。(他の何かと組み合わせると価値が高まる。)

このような特徴を持つため、無形資産は、機械装置と違って他者へ転売しにくく、無形資産への投資はリスクが高い。また、自社で技術を開発し特許を取ったとしても、その技術を独占することが難しい。人の移動などによって、どうしても他者も利用できるようになってしまう。さらに、拡張可能であるため、成功した場合の儲けは大きいが、勝者が総取りとなりやすく、出遅れた企業が無形投資する意欲が削がれる。シナジー効果はあるものの、何と組み合わせると価値が高まるかは、事前にはわからない。

 

よって、経済成長にとって無形資産の重要せは高まっているものの、無形投資は過少となる可能性が高いのだ。

 

そこで、行政の役割としては、企業が安心して無形投資を行えるように知的所有権の制度を整備する。また、スピルオーバーの効果を地域に留めておけるように地域に関連産業のクラスターを振興する。さらに、シナジー効果を生み出す基盤となる、企業同士の交流や人材育成などを促進することが重要なのだ。

 

私にとっては、無形資産というキーワードで長期的な経済の停滞と格差拡大を整理できたこと、また、行政がなぜ研究開発や技術交流などを促進しなければいけないのか、その根拠となる視点を得ることができて良かった。

 

コロナでしばらくは経済が停滞するけれど、この時期に投資、特に無形資産への投資をできるかが、企業が成長するかどうかの分かれ目になる。