46年目の光
3歳の時に事故で失明した男(メイ)が49歳の時に角膜の幹細胞の移植手術を受けて視力を回復する。その様子を小説形式で描く。生涯のほとんどを目が見えない状態で過ごした人が視力を回復するのは非常にめずらいしいことらしい。人類の歴史を通じても記録に残っているのは数十人に過ぎない。
視力を回復してめでたし、めでたしというお話ではない。ここから新たな苦労がはじまる。目の機能は回復してもきちんと見えるようにならなかったのだ。動く物、色はすぐに認識できるようになったが、人の顔、写真や絵、文字をうまく認識できなかったのだ。
(スーパーの)棚に目をやると、すべての商品が全部で一つのカラフルなコラージュのように見えた。見慣れないものを見ると、隣り合った物体の境界が溶け合って見えることがよくあった。そういうときメイは戸惑い、いらだった。田なの箱がぼやけて見えるわけではない。ところが、一つの箱がどこで終わり、どこから次の箱が始まっているかがわからない。
メイの苦労を通じて、見るということで果たしている脳の役割の大きさがわかってくる。器官としての目だけあっても見えるようにならないのだ。脳がうまく視覚情報を処理できないと世界は光の染みの連続にしか見えないのだ。あらかじめ世界をみるための文法(常識)のようなものが頭の中にあって、それに沿って脳が視覚情報を処理して見ているのだ。赤ちゃんのときに、見えるものを片っ端から触って、口に入れてどんなものなのか認識しながら世界を拡げていく。人の顔も、小さい時からの慣れがないと区別できないらしい。
我々が無意識に行っている見ることの複雑さが、メイの体験を通してわかってくる。
「勉強中の外国語を話すときは、センテンスが自然に口をついてでてくるとはいかないじゃない。おれにとって、見るとはそういうことなんだ。手で触ってみるなり、論理的思考を働かせるなり、なにかの手がかりから探るなりして、いまなにが見えているのかを考えないといけない。すべての要素を意識的に組み合わせないといけないんだ。そうやってはじめて、いま見ているものがなんなのかがわかる。」
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