回顧録

牧野伸顕の回顧録。牧野は1861年(文久元年)に生まれ1949年(昭和24年)に亡くなっている。明治、大正、昭和にかけてずっと第一線で活躍した政治家。農商務大臣や文部大臣外務大臣を歴任し、第一次世界大戦後のパリ講和会議の全権大使にもなっている。その後は内大臣など宮中の職務に着き、昭和天皇の信頼も厚かったそうだ。実父は大久保利通で、長女は吉田茂の妻。つまり、吉田健一の祖父にあたる。この回顧録は、昭和22年頃に吉田健一が中心となって牧野の千葉の家を訪ねて聞き取りしたもの。


面白い。条約改正、大津事件日清戦争日露戦争パリ講和会議。国の運命を左右するような大事件に当事者として関わり、当事者しか知り得ないようなお話が次から次に出てくる。清との外交交渉に出かけた時の復命書や、ウイーンの大使館に在勤した時の外交文書も載っている。漢文調で読みにくいけれど、当事者の興奮、体温が伝わって来る。


パリ講和会議において、国際連盟の設立に向けて議論する中で、日本が、世界中の国が参加する組織を立ち上げるのであるならば人種平等を基本理念にすべきだと提案する話がでてくる。イギリス、アメリカ、フランスともに最初はその通りだと賛成の様子だったが、当時移民を排斥すべきという世論が強かったオーストラリアが強硬に反対する。オーストラリアが反対するとなると、カリフォルニアで同じように移民問題を抱えていたアメリカも反対せざるを得なくなる。そうなると英連邦の盟主であるイギリスも人種平等を基本理念とすることに反対となったそうだ。その間の、各国の外交官のひととなりやお互いのやりとりがことこまかに回想されていて読み応えあります。


この回顧録はパリ講和会議までのお話で終わっています。その後のことは宮中のことがからむので秘密の事項が多く、口述されなかったそうです。パリ講和会議では世界の5大国として、堂々と外交交渉に望んだ日本がその27年後にどうしてあんなことになったのか、その後の回顧録がないのが残念です。


この本は中公文庫ですが、絶版になっているらしく古本で購入しました。役所関係のお仕事の方におすすめです。

回顧録 上巻 (中公文庫)

回顧録 上巻 (中公文庫)

回顧録 下巻 (中公文庫)

回顧録 下巻 (中公文庫)