モラル・エコノミー インセンティブか善き市民か
私は、大学で経済学を学んだこともあり、いろんな社会問題はできるだけ市場システムを導入して解決したらいい、人々の心がけに訴えたり啓発活動をするよりも、いろんなものに値段をつけて市場で取引することで効率的に解決できるはずだと思っていた。
どうも、そうではないらしい。この本では、イスラエルのとある幼稚園での出来事が事例としてあげられている。その幼稚園では、子供のお迎えに遅れる保護者が多く、先生たちはその度に遅くまで残らなければならないので、遅れた場合には罰金を取ることにしたそうだ。そうするとどうなったか。ペナルティーが課されることで遅れる保護者が減ったかと思いきや、お迎えに遅れる保護者が倍増したそうだ。さらに、しばらくして罰金の制度を無くしてもお迎えに遅刻する保護者は当初の水準に戻ることはなかったそうだ。
何が起こったのか。これまでは、幼稚園の先生に迷惑をかけてはいけないと、できるだけ遅れないようにしていた保護者にとって、罰金は遅れるための追加料金のように受け取られたのだ。インセンティブを導入することで、先生たちのためになんとかしようという利他の心がけがはじき出されてしまったのだ。著者はこのことを、インセンティブによって社会的選好がクラウディングアウトされたと言う。
町内会の役員や、献血なんかも、下手にお金で解決しようとすると、その物自体の価値が貶められて返って、やろうと考える人が減ってしまうそうだ。2000年前後に日本の大企業が個人の業績と給料とをより密接にリンクさせる成果主義に走ったけれど、あまりうまくいかなかったのは、仕事へのモチベーションがインセンティブによってクラウディングアウトされたためかもしれない。
この本では、インセンティブを利用した制度を設計する際に、気をつけなければならないことを説明し、インセンティブによって社会的選好を増進するような制度を検討する。
経済合理主義に頭のてっぺんまでどっぷり浸かっている人は是非読んでみてください。
マイケル・サンデルのこちらの本も同じテーマです。こっちは事例がたくさんで、簡単にシャシャッと読めます。