量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ

素粒子の位置と速度との両方を正確に観測することはできない。電子のスピンは計測されるまでは不定である。スピンを計測することで始めて上向き、もしくは下向きのスピンが現れる。光は光子という粒子の性質と波の性質とを併せ持つ。どちらで立ち現れるかは観測する人が何をかんそくしようとするかしだいだ。二重スリットの干渉縞を見ようとすれば波として現れる。どちらのスリットを通るか観測しようとすれば粒子として現れる。

 

というような、常人には理解し難い量子力学の奇妙なところを、理解できるようにと一冊を費やして解説した本です。結局、古典物理の世界のように生活実感として理解はできないのだけれど、どう付き合えばいいかが少しわかったような気がする。

 

量子力学コペンハーゲン解釈とは、観測されてわかったことが全てである。その裏に因果関係やらモデルを勝手に想像して組み立て、観測される前はどうだったとか、この先どうなるかと推測する意味はない。なんらかの実在があって、それを観測することで何かが明らかになるのではなく、観測されるまえは不定だ、確率としてしか記述できない。という、ある意味禁欲的な態度を取り続けるということのようだ。

 

うまく利用できて、現実にも合っているのだから、生活実感として解釈がしっくりこないからといって気にする必要ないというのだが、やっぱりよくわかりません。

量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ 新装版

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