宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧

スティーブ・ジョブズが禅に入れ込んでいたのは有名な話だ。アップル製品の無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインは禅の考え方に通じるとも言われる。また、ある日本人のお坊さんを師匠のように慕い自宅に招いて様々なことを相談したり、1991年にヨセミテのアワニーホテルで結婚式を挙げた時にも、その人に式を取り仕切ってもらった逸話は、ウォルター・アイザックソンの本人公認の自伝にも触れられている。
 
この本は、スティーブ・ジョブズが師と仰いだ日本人僧侶、乙川弘文を知るために、弘文の関係者を6年間に渡り日本、アメリカ、ヨーロッパと訪ねてインタビューした本だ。ジョブスについてはいろんな本が出版されているが、乙川弘文についてここまで明らかにしたのは初めてだと思う。
 
弘文は、1938年に新潟の由緒正しいお寺で生まれ、駒澤大学を経て京都大学の大学院を出ている。その後、永平寺に入り、曹洞宗の将来を担う人物として特別僧堂生に指定され期待をかけられるが、2年後、1967年に招かれてサンフランシスコに渡る。アメリカではカリフォルニアやコロラドで何箇所もお寺を立ち上げる。ジョブズがアップルを追放された1985年から1995年の10年間、ジョブズにとっての不遇の時代に2人は親密だったそうだ。一時弘文の家族はジョブズの家に居候していた。その後、ヨーロッパにも指導に行くようになり、そこでドイツ人の女性と2回目の結婚をする。2002年、64歳の時にスイスの友人の別荘に滞在していた時、そのドイツ人女性との間にできた娘が庭の池に転落、助けようとした弘文ともども溺死してしまう。
 
インタビューされた人が弘文について語る部分と、著者がインタビューの旅を続けていく中で考えたことを綴る部分が交互にあらわれる。著者と一緒に関係者を訪ねて旅をしている気分になる。読み進めるにつれ、弘文の人物像がだんだん明らかになる。弟子たちにとっては、現実離れした素っ頓狂な面もあるけれど、全力で自分たちに向き合い受け入れてくれる、素晴らしい師。家族にとっては稼ぎもないのに、酒ばかり飲んで、社会に適合できない弟子たちを家に招き入れる困った父親、
 
時間を守れなかったり、アルコール依存になったり、パートナーがいるのにスイスで別の女性と結婚するなど、困ったところもあったけれど、アメリカでもヨーロッパでも人を惹きつける不思議な魅力があった人らしい。その点はインタビューをうけた人は皆認めている。一方、日本では、寡黙で真面目な曹洞宗のお堅いエリート僧侶。そのギャップにアメリカで何があったんだろうと不思議に思いながら読み進めると・・・・。
 
1995年から1998年にかけてサンタクララに住んでいたことがあるので、ロスガトスの慈光寺や、モントレーの南の山あいにあるタサハラ禅センター、サンフランシスコ禅センターの近くまで行ったことがある。しかし、その当時は禅の拠点があることなど知らなかった。当時はアップルを追放されたジョブズが、アップルに復帰するとかしないとか、地元新聞のサンノゼマーキュリーに毎日のように記事になっていたことが懐かしい。
 
アップル、スティーブ・ジョブズ好きの人は読まねばなるまい。
宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧

宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧

 

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