開高健短編選
開高健といえば、私の学生時代に週刊プレイボーイで「風に訊け」という人生相談のようなものを書いていたことが思い浮かぶ。サントリーの広報部員だったとか、釣り関連の本があるのも知ってはいるけれども、一度も著書を読んだことはなかった。
この本には、開高健の短編ばかり11編収録されている。いやぁ、面白い。ストーリーはもちろん、ディテールの表現が豊か、芳醇、多彩。特に、ベトナムの路地裏のドブの臭い、パクチーの癖のある臭い、若い男の体臭、ネズミの尿など、ムッとするような臭いをこれでもかというくらい、執拗に微細に表現する。
巻頭に掲載されている開高健の処女作「パニック」は、120年に一度、笹が花を咲かせ実をつけたことがきっかけとなって、ネズミが大発生し林業が壊滅的な被害を受ける話。主人公だけがただ一人、ネズミの大発生を予想し、上司に対応策を早急に実施するように詰め寄るが、上司は先延ばしにして握りつぶす。誰も責任を取ろうとしない。
本当は何もしたくないが、かといって何もしないと住民から突き上げを食らう可能性があるので、対策したフリはしたい、というような役所内部でありがちな、いやらしいやりとりを詳細い記述する。上司が主人公と話しながら爪の垢をせせりだすところの表現がリアルすぎて嫌悪感をもよおす。しつこくて、暑苦しくて、汚らしくて目を背けたくなる。
目を背けたくなるけれど、そうそう、そんなことあるよなと頷きながら読んだ。暇を見つけて長編も読んでみたい。