開高健電子全集

暇つぶしに開高健の電子版の全集を、思いつくままに買って読んでいる。
 
岩波文庫で、芥川賞をとった「裸の王様」や「パニック」を読んでみたら、なんで今まで読んでこなかったんだろ、と後悔するくらい面白かった。パニックでは、木っ端役人のオヤジの貧乏くさくてずる賢いいやらしさが、彼のじっとりと脂ぎった皮膚の質感、ムッとする体臭、口臭とともに、目前に立ち上がってくる。
 
臭覚を再現するのがうまい。湿った畳のすえた臭い、ネズミを飼育している部屋の目頭に突き刺さるようなネズミの尿のアンモニアの刺激臭。あんまり気分のいいものではないけれど、そんな臭いが伝わってくるところが気に入った。
 
電子版でまずは、闇三部作の「輝ける闇」、「夏の闇」、「花終わる闇」を読む。次に、晩年である50歳代のエッセイ集を読んでみた。
 
「輝ける闇」は、朝日新聞の記者としてベトナム戦争を取材した時の話がもとになっている。ベトコンに囲まれ200人の部隊で帰還したのが20人以下となるほどの、激しい戦闘にも巻き込まれている。被弾して内臓が飛び出して、その内臓の温もりや、サイゴンの盛り場の湿っぽい、体臭が混じり合った空気感に浸ってしまう。50歳代のエッセイ集は、長年の持病であった背中の痛みを、週2回の水泳教室で直した話が何回も登場する。釣りの話とそこからの失われゆく手付かずに自然を嘆くお話が多い。彼が50代であったのは、1980年代のこと。私が中学から大学生であった頃だ。その頃の私にとって、開高健といえば、週刊プレイボーイの人生相談「風に聞け」を書いている人、釣りの人という印象。50代のエッセイは、今読むとさすがに男性優位目線が気に障る。そんなに面白くもない。ネタ切れの感あり。
 
今読んでるのは、初期の作品集。「日本三文オペラ」は良かった。敗戦直後の大阪砲兵工廠の跡地を舞台に、そこからお金になりそうな金属屑をかっぱらおうとする、アパッチ族とよばれた貧しい人たち、なんとか捕まえようとする警察。その攻防が面白い。その頃の大阪の猥雑さ、貧しい人たちがなんとか生き延びようと汗臭くうごめくところがいい。
 
今までつまみ食いした限りでは、開高健は若い頃の作品が圧倒的に面白い。