草枕

気になったところを抜き書き。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいかたとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性をふみつけようとする。一人前何坪何合かの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよというのが現今の文明である。同時にこの何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩もでてはならぬぞと威嚇かすのが現今の文明である。何坪何合のうちで自由をほしいままにしたものが、この鉄柵外にも自由をほしいままにしたくなるのは自然の勢いである。憐れむべき文明の国民は日夜にこの鉄柵に噛みついて咆哮している。

100年後に生きる我々は、咆哮するほど元気でもない。檻がなくても、何坪何合のなかでウロウロするようになってしまったのかもしれない。

草枕 (新潮文庫)

草枕 (新潮文庫)