都市を生きぬくための狡智 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌

 タンザニアで古着の売買に関わる人たちを民俗学的に調査するために、実際に古着の行商人や仲買人になった体験や聞き取り調査の内容を論文の形にまとめた本です。著者は当時大学院生だった女性。決して治安がいいとは言えない、タンザニアのとある都市の繁華街に一人で飛び込んでマチンガと呼ばれる行商人をやってしまう度胸に驚きます。

 

同じ商品でも田舎者や金持ちには高い値段をふっかける。かと思えば赤字覚悟で安く売る。売り上げをごまかす行商人。ごまかされているのを感じながらも、行商人に生活補助のお金を渡す仲買人。それでも、商品を持ち逃げして行方をくらます行商人。ほとぼりが冷めた頃に平気な顔で戻ってきて、持ち逃げされた仲買人も何事もなかったかのように取引を再開する。契約に基づいて同質の商品を定価で販売する日本とは正反対とも言える世界です。最初はあまりの混沌さに著者は呆れますが、古着の商売に関わっていくうちに、そこに貧しい人たちがその日その日を生き抜いていくための合理的な仕組みを見つけ出します。

 

例えば、仲買人が口約束だけで代金後払いで行商人に商品を渡し、行商人はその日売れた分だけの仕入代金と売れ残りの商品を返す、マリ・カウリと呼ばれる取引。資本ゼロでも行商人は商売を始められるし、仲買人は手早く仕入れた商品を捌くことができる双方にとって合理的な仕組み。しかし、価格交渉ではお互いの懐具合、販売力を見極めながら、どちらかが一方的に得したり損しないように落とし所を探る。行商人が困っていれば、仲買人は安く売るし、生活費の援助もする。仲買人が困っていれば、行商人は少々、質の悪い古着も高い値段で引き取る。

 

そんな、間合いを取ることができる能力、賢さを「ウジャンジャ」という。たくさん売る能力だけでなく、臨機応変、機転が利く、人の心を把握して、自分のことをうまく伝える。日々をなんとか生き抜く力を全部まとめて表す言葉だ。

 

論文形式の記述ですが、タンザニアのマチンガたちが好きでたまらない著者の気持ちが溢れている本です。

都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―

都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―