東京の昔(再読)

吉田健一の長編小説。東京の本郷に住む主人公が、近所の自転車屋の勘さん、東大生の古木君、下宿先のおしまさん、実業家の川本さんとおでん屋やバー、下宿で呑みながら会話する。昭和になったばかりの、明治維新以来のゴタゴタが落ち着いて、戦争が始まるまでの静かな東京の雰囲気をなつかしむような描写がたくさん出てくる。


フランス文学専攻の古木君がどうしても一度はフランスに行ってみたいと思っているところから、日本にとっての外国の位置づけ、日本に居て外国のことを学ぶことと、実際に行って現地を体験することの意味などに話が広がる。勘さんが新しい仕組みのブレーキを開発し、それを使って自転車屋の仲間と新型自転車を開発し細々と製造し始めたことから、良いものを作ろうとする勘さんたちの仕事と、儲けるためにそこそこのものを安く大量に作る商売とを比較する。春に始まって、季節がめぐってもう一度春になり、古木君がフランスへ旅立つところで終わる。


主人公が勘さんと出会って二人で呑み明かした話が好きだ。近所の「勘兵衛」というおでん屋へ呑みに行き、主人公は1人でお銚子を10本空けることを決意し本当に10本呑んでしまう。へべれけになりながらも2件目は、円タクに乗って神楽坂のバーへ行き、ウイスキーをあおる。3件目は午前0時を過ぎてから勘さんの行きつけの待合に転がり込む。男二人でビールとお酒をひたすら酌み交わし夜が明けてから帰ったというお話。吉田健一の切れ目のない長い文章のリズムが、呑み明かして過ごす夜の時間の経過にシンクロしているようで朦朧としてくる。どこか静かなおでん屋でじっくり燗酒を呑みたくなる。


2年前に読んだときの感想はこちら→http://d.hatena.ne.jp/benton/20110904/p1
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