買えない味

わずか電話一本、行ったこともない京都の老舗の鍋セットとか北海道のたらばがにとかトスカーナの搾りたてオリーブオイルとか、つまりお金さえ出せばなんでも手に入る時代である。もちろんその便利さおいしさはいうまでもないのだが、いっぽう「金に糸目はつけんぞ」といくら騒いでにても、けっして買うことも出会うこともできない味がある。
 買えない味。そのおいしさは日常の中にある。

最近、以前ほど珍しいものもの食べに出かけようとか、取り寄せてみようとか思わなくなった。材料を買ってきて自分で料理して家で食べるほうが、お金もかからないのでいい。と思ってしまう。きちんと作ったみそ汁に、自分で漬けた沢庵。炊きたてのご飯。しみじみと旨いと思う。きちんとしたものを安く食べるなら自分で手間をかけるの限る。


この本は、何気ない日常の味や台所道具のある風景を鮮やかに切り取っていきます。気に入ったのは、「冷やごはん」。日やご飯ををもくもくと食べていると米の奥に潜んでいたものが味わえるといいます。沢庵と冷ごはん。冷ごはんに冷水をかけて食べる。二日酔い開けにそんなふうに冷ごはんと食べている様子も悪くないと思う。


「鉄瓶」では、ステンレスのやかんで沸かすお湯と鉄瓶で沸かすお湯の味は、明らかに違うと著者は言います。そこで、物置の奥から鉄瓶を出してきたお茶を入れてみました。お湯が沸いてくるとシューシューと一定の高さの音がします。昔お茶の先生にお釜の湯がたぎる音を松風というのを教えてもらったことを思い出しました。ステンレスのやかんのジュジュいう焼きつくような音とは違います。

お湯の味の違いはよくわかりませんが、鉄瓶をだして、お水を入れて、火にかけて、お茶をのんで、鉄瓶を空にして、錆びないよう火にかけて乾かして、仕舞う。この一連の流れが何だか楽しくて、夜な夜な鉄瓶をとりだしてお茶を煎れて飲んでます。

買えない味 (ちくま文庫)

買えない味 (ちくま文庫)