紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム

紀元二千六百年=1940年=昭和15年において、観光は非常に好調だった。戦前の日本では、その年が観光のピークだったことを手がかりに、著者は戦時が日本人にとって暗い谷間だたという見方をくつがえそうとします。その頃までは、ナショナリズムが消費や観光などの国民生活を抑圧したのではなく、ナショナリズムが新たな消費や観光の需要を創出し、消費や観光がナショナリズムを補強するといった相乗効果があったといいます。


具体的には、紀元二千六百年に向けて、全国で神武天皇を顕彰する史跡が整備され、それらの史跡を巡る観光旅行が人気だったこと、また、異国情緒を味わい日本の植民地政策の成果を確認するため、そのころ朝鮮や台湾、満州への観光が盛んに行われたこと、百貨店では紀元二千六百年を記念して、神武天皇の即位以降の歴史をジオラマなどで見せる展示会が行われ、大変な人気を呼んだこと、さらに、日本の歴史、帝国の輝かしい歴史をたたえる本が数多く出版され、ベストセラーとなったこと、が示されます。著者は、これらの出来事は、過激な一部の軍部が強制的に仕向けたものでなく、普通の人々が、普通に日常生活を楽しむ中で、自らすすんで参加したのだと指摘します。

戦後になって日本では、ある神話が定着するようになる。戦争末期から戦後占領期にかけての悲惨な時期の記憶が、それ以前の時期にもそのままあてはめられ、戦時はずっと暗い谷間の時代だったと記述されるようになったのである。さらに、日本を戦争の暗い谷間へと引きずりこんだとして、漠然としたごく少数の「軍国主義者」を非難することが通例となった。


今の時期テレビで放映される戦争を回顧する番組には、今でもこんな紋切り型で慣用句いっぱいに戦争の悲惨さを訴える内容のものがある。しかし、普通の人が普通に生活を楽しんでいるうちにあんなことになったということのほうが、深刻でそら恐ろしい。そして、いかにも有りそうなことだ。


紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム (朝日選書)

紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム (朝日選書)