消えた国 追われた人々 東プロシアの旅

 東プロシアは、かつてのドイツ帝国の東の端、現在のポーランド、ロシア、リトアニアにまたがる地域のこと。多くのドイツ人が住んでいたが、第2次大戦後ソ連側の支配となったことから、ほぼ全てのドイツ人は追放された。哲学者のカントは東プロシアケーニヒスベルク、ロシア名ではカリーニングラードの出身。

 

池内紀が、ギュンター・グラスの「蟹の横歩き」を翻訳する際に、現地を知るためにとダンツィヒと東プロシア一帯を訪問した旅行記。第2次大戦の末期、ソ連軍に追われる避難民を満載した客船が魚雷攻撃により沈没し9,000名以上が死亡した「グストロフ号事件」や、戦後1千万人を超えるドイツ人が故郷である東プロシアから追放されたことなど、この本で初めて知ったこと多数。

 

著者が地元民から聞いた戦争中の思い出話が間抜けで面白い。ナチスドイツの東部戦線の指令所「狼の巣」が東プロシアのラステンブルク郊外の森の中に設置された。ヒトラーも長期に滞在した場所であり、その存在自体が極秘とされたプロジェクトだ。地元民には化学工場であると告げれていた。森で植物採集をしていた住民が、狼の巣の正門に行き当たる。以前から何度も来たことがある場所なので、何の悪気もなく、守衛の兵士に片手を挙げて挨拶すると、なぜか止められることもなく敷地に入っていけてしまう。本人は植物採集のため、化学工場だ信じ込んでいる敷地内をウロウロしていると、とある窓からコーヒーの香りが漂ってくる。工場の偉い人の部屋かと思い何気なく窓に近づくと、ちょび髭を生やしヒトラーにものすごく似た人がパジャマ姿でこちらを見ている。一瞬ギョッとした顔をしたが、彼は何事もなかったかのように部屋の奥に引き返していく。帰りに門を通るときには、守衛の兵士は誰もいなかった。国家最高レベルの情報統制が徹底されすぎて、思わぬ間抜けな状況になってしまったのだ。

 

頭の中のにある世界地図の空白地帯、東プロシアがどんな土地なのか、イメージする手がかりができた。一度読んであまり面白くないなと途中で投げ出してしまった、「ブリキの太鼓」にも興味が湧いた。

消えた国 追われた人々――東プロシアの旅
 
ブリキの太鼓 (池澤夏樹=個人編集世界文学全集2)

ブリキの太鼓 (池澤夏樹=個人編集世界文学全集2)