絶叫委員会

映画や小説の名台詞、歌謡曲の歌詞、日常会話、街頭演説、電車の吊り広告の見出し、怪しいメール、妻の寝言など、偶然生まれたインパクトある言葉をいろんなところから拾ってきて紹介する本。

 

美容室などで頭を洗っている時に、「おかゆいところはございませんか。」と聞かれても、頭のここが痒いとピンポイントで指示する方法がわからず、曖昧に特にありませんと答えるしかないところに、「気持ち悪いところはございませんか。」とか「耳は気持ち悪くございませんか。」などさらに変な方向に気配りが進化してしまっている「美容室にて」が面白い。家の玄関によく貼ってある「猛犬に注意」の札を「猛犬にっこり」と書き換える人が住んでいる、ゆるくて安心な著者が住む町もいい。

 

私が町で見かけたインパクトのある言葉といえば、昔、中央線の武蔵境の駅の南側に見えた「ひゅうまんステーキ」の看板を思い出す。あれは一体どんなステーキやったんやろ。

絶叫委員会 (ちくま文庫)

洋食屋から歩いて5分

日曜日から続いていた脇腹の痛みの原因が帯状疱疹だと判明して、明るい気持ちで病院を出ると、雲ひとつない五月晴れ。犀川の河原にでも行って木陰でビールを飲みながら本を読もうと玉川図書館でそんなシチュエーションにふさわしい本を物色する。

 

難しい内容は頭に入ってこないだろうし、ぼうっとした頭でもすっと読める本はないかとエッセイコーナーへ。米原万理にしようか、椎名誠にしようか、永六輔もいいかと棚の前で思案していたら、片岡義男が目に入った。アメリカの食べ物の話とか、1950年から70年代に関するエッセイ集だろうとの見込みで中身を確認せずに借りた。

 

犀川河川敷の木陰で読んでみると、喫茶店文化が華やかなりし60年代に喫茶店をハシゴしながら原稿を書いた話や、街中でその頃通っていた喫茶店の店員さんと偶然出会った話。新宿ゴールデン街田中小実昌さんと夜通し飲み歩いた話、知り合いに紹介してもらった女性と十条で6回デートして、突然ふられて、ふられた後に銭湯に入って餃子を食べて帰った話など、ビールで集中力が散漫になった頭に心地よく入ってくる話ばかりで楽しめた。

 

「料理本の思想」では、著者のお薦めの料理本を3冊紹介している。その中の一冊が「土井善晴の定番料理はこの一冊」。いつものおかずが突然うまくなる方法という触れ込みだが、その内容は確かで信じていいと片岡は言う。土井善晴には「一汁一菜とでよいという提案」で料理研究家の常識をひっくり返す大胆な提案をした。この本も読んでみたい。

 

1950年から70年頃の貧しく、あつくるしく、アメリカに憧れていた日本に興味がある方におすすめ。

 

洋食屋から歩いて5分

帯状疱疹

 日曜日の夜、背中が痛くて目がさめた。左側の背中から脇腹のあたりがじわっと痛いのだ。我慢できなくもないが気を紛らわすために何度も寝返りを打ちたくなるような痛み。筋肉痛のような気もするので朝まで本を読みながらやり過ごした。いつも通り出勤の準備をして朝ごはんを食べていたら痛みが治まったような気がしたので、会社に行く。月曜の夜も前の晩ほどではないけれど、地味に痛くて何度も目が覚めた。水曜日になても痛みが治まらない。去年膵炎で1ヶ月入院した、会社の同僚は同じように左側の背中が痛くなったそうだ。他の人も背中が痛いというのは何か重大な病気の兆候かもしれないので早くお医者さんに診てもらうべきだと言う。

 

水曜日の午後、病院に行って診てもらった。先生は、尿管結石の可能性があるとのことで、血液検査と尿検査をして超音波検査もしてもらった。結果は、膵臓や肝臓には特に以上なし。左側の腎臓に石が見えるけれど腎臓内にあるので痛くないはず。しばらく様子を見ましょうということになりその日は帰る。

 

金曜日の午前2時ごろに再び強い痛みを感じて目が覚める。痛いじっと横になっていられない。肋骨の下の方に焼けるような痛みを感じる。心臓に関係しているのなら救急で病院に行かねければと思いつつも、胸は痛くないしめまいや吐き気があるわけでもない。トイレも快調なのでしばらく様子を見ていた。万が一のこともあるので妻にも声をかける。朝になって起きてみると少し痛みは治まったがこのまま我慢してても不安が募るだけなので、会社を休んで再び病院に行った。

 

先生がいつから痛くなったのか、痛みは周期的に強くなるのか、それとも一定なのか、どんな痛みかなど詳しく聞かれるので端的に答える。食欲もあるし熱もない。原因がわからないのか難しい顔をしながら、「とりあえずお腹見せてください。」

 

診察台に横たわりポロシャツの裾をめくってお腹を出した瞬間に、先生の顔色がパッと変わる。

 

帯状疱疹ですわ。背中から脇腹、お腹にかけて帯状にブツブツできています。これ水疱瘡のウイルスが体の中に潜んでいて年取って免疫力が弱った時に、活動し始めるとかかる病気です。最近仕事忙しいとかストレスありますか?」と聞かれる。

 

確かに職場が異動になったけれど、夜遅くまで残業しているわけでもなくどちらかというと4月以降の方がのんびりしていたつもりだ。連休に毎日ランニングしたり山登りに行ったのが体力的に無理していたのか。それとも家族との人間関係にストレスを感じているのか。よくわからない。とにかく薬を飲めがいいとのこと、仕事も普通にしても大丈夫だそうだ。

 

10時には診察を終えて薬も受け取ったので、仕事に行こうと思えば行けたのだけれど、入院するつもりで1日お休みしますと職場に伝えていたので、えいやっとそのままお休みにした。

 

病院を出ると、完璧なと五月晴れ。生涯のベスト3に入るくらいの気持ちのいい天気。日差しは強烈だけれど湿度は低くて風が涼しい。San Joseあたりの夏を思い出させる。しかも、木々の緑は圧倒的に日本がみずみずしくて綺麗。

 

図書館で片岡義男の「洋食屋から歩いて5分」を借りて、途中のコンビニで缶ビールを買って犀川へ。風に吹かれながらビールを飲んで、1時間ほど本を読んで帰ってきた。

 

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イデーン Ⅰ−Ⅰ

三宅陽一郎さんの「人工知能のための哲学塾」の中に、人工知能とは何をしようとしているのか考える手がかりとして、フッサール現象学が登場する。それを読んで現象学に興味を持ち、田口茂さんの「現象学という思考」を読んだら、現象学というのはデカルトの「我思う、故に我あり」をもっと徹底させた考え方で、学問の根本をその存在を疑いようもない自分の意識、自我にまで遡り、そこから積み上げていこうとするものだということがわかった。それでい、もっと詳しく知りたくなり、フッサールの代表的な著書「イデーン」をかじってみることにした。

 

フッサールは世の中に出回っている哲学や物理学の諸学問の言っていることはひとまず横に置いておいて、自明で疑いようもない基盤から独自に学問を組み立てようとする。その基盤となるのは、自我、意識。事物は自我や意識との相関することによって存在するのである。自我や意識によって経験されることで事物は存在すると言います。

それ自体において存在する何らかの対象とは、意識および意識自我がそれに寸毫の関わりも持たないような対象のことなのでは決してないのである。事物とは、環境世界の中の事物ということである。見たことのないような事物も、環境世界の中の事物なのであり、さらに、実際にありうるはずでありながら経験したことがなく、経験されうる可能性のあるだけの、ないしはひょっとしたら経験されうるかもしれないといった可能性のあるだけの事物もまた、環境世界の中の事物なのである。経験されうる可能性があるということは空虚な論理的可能性のことでは決してなくて、経験連関のうちに動機づけられた可能性のことである。

 

事物が実在してそこから意識が生まれたのでなく、まず最初に意識があり、その意識が身体も含めて意識を取り囲む世界を経験することによって事物が存在するのだということらしい。

 

物理学の法則に従ってビッグバンから物質が生まれて、そこから色々あって生命が誕生して、生命が進化して意識が生まれたという、私にとってごく普通の考えとは正反対だ。自分にとって疑いようののない意識が先だ。

 

とりあえず、一通り読んだが3割も理解できただろうか。 この本は、1/3以上がフッサール自身が出版後に書き込んだ注や付録、訳者の注なのだが、次はこれらにじっくりとあたりながら読んでみたい。

 

イデーン―純粋現象学と現象学的哲学のための諸構想 (1-1)

本当に住んで幸せな街 全国「官能都市」ランキング

東洋経済新報社が毎年発表する「住みよさランキング」。2016年版の1位は千葉県印西市で5年連続のトップ。以下、 2位愛知県長久手市、3位富山県砺波市、4位石川県野々市市、5位福井県坂井市と続く。

 

毎年見ていると、大都市や県庁所在地の周辺にある郊外型の市が上位に来る傾向がある。1位から5位まで全部大都市近郊の街だ。4位の野々市市はお店がたくさんあり、若い人がたくさんいて、生活するには便利そうというのはわかる。しかし、本当にそこに住みたいかと言われると、正直なところ私はもうちょっと金沢の街中に近い方がいいなと思う。

 

住みよさランキングに対して、どうもしっくりこないと思っていたところに、この本の官能都市ランキングで金沢市が地方都市ではトップ8位になっているのが気になり読んでみた。

 

「住みよさランキング」は、人口当たりの公園面積や病院の病床数、待機児童数などの箱物の充実度や経済的な豊かさを指標にしている。一方、「官能都市ランキング」は、食文化の豊かさ、街を感じるか、自然を感じるか、歩けるか、匿名性があるか、ロマンスがあるかなど、実際に住んでいる人が、幸せを感じるであろうシチュエーションにどれだけ出会うのかを基準にしている。

 

1位は、東京都文京区、2位は大阪市北区、3位は東京都武蔵野市。東京だったら、1位の文京区より港区とか千代田区とか他にイメージのいいところたくさんあるのに意外だと思ったら、文京区は歩ける街というところで得点が高い。

 

金沢は食文化が豊かさで点数を稼いでいる。それと歩ける、いろんな機会があるという点でも点数が高い。私が感じるのは、金沢は街は、江戸時代の街区割がほぼそのまま残っていることもあって、歩くのに丁度いい大きさなのがいい。お城や兼六園はもちろん、犀川浅野川が流れていて、寺町、小立野の台地もあってブラブラ散歩するにはもってこいだ。お茶する場所もたくさんあるし、最近は昼間から酒飲める店も増えつつある。

 

住みたくなる街ってどんな街なのか、を考える入り口としてオススメです。

本当に住んで幸せな街?全国「官能都市」ランキング? (光文社新書)

 

連休2日目 奥獅子吼山をぶらぶら

 天気がいい。暑くもなく寒くもなく気持ち良い。街中の木々の新緑が目にしみる。

 

ふと、山に行きたいと思う。一人で新緑の登山道を歩き続けてみたいという考えが頭の中でぐるぐる回り始める。近場で半日くらいで手軽に登れるところ、どこかにないかしらとネットを調べてみる。医王山周辺か奥獅子吼山あたりが手頃そうだ。医王山は何年か前に子供達と一度行った頃があるので、今回は奥獅子吼山にすることにした。

 

物置から15年以上前に買ったトレッキングシューズと、娘が使っているザックを引っ張り出して、人参と油揚げを出汁で炊いたものと残ったご飯とで混ぜご飯にして、おにぎるを二つ作って弁当にする。水筒に水を1リットル入れる。

 

息子を予備校に送り出して、家を出たのが9時。登山口となる鶴来のパーク獅子吼の駐車場には9時40分に着いた。靴を履いて歩き始めたのが9時50分。最初の40分は杉林の急斜面をつづら折れの道を登る。下山してくるトレイルランニングの人たちと何度もすれ違う。最近やる人が増えたようだ。あんなスピードで登山道を駆け下りたら私だったりすぐに膝をダメにしてしまいそうだ。

 

獅子吼高原からの道と合流する地点を過ぎると、傾斜はなだらかになり尾根沿いの開けた道を行く。眼下に手取川や鶴来の町並みを眺めながら行くのは気分がいい。空にはパラグライダーが上昇気流を求めてグルグル回っている。30分ほどで林道犀鶴線と交差する。ここに車を止めて奥獅子吼山を目指す人が多いようだ。林道脇に自動車が20台くらい停まっていた。

 

ここからは、高圧送電専用の鉄塔を眺めながらしばらく歩く。登山道が送電線をメンテナンスするための作業道を兼ねているようだ。標高が高くなるにつれ芽吹いたばかりの初々しい新緑となる。何本か山桜が咲いていた。

 

林道から60分ほどで山頂に到着。正面にまだ真っ白に雪をかぶった白山がどーんと見える。振り返ると金沢から小松、加賀市までのパノラマが広がる。なだらかな開けた山頂なので30人くらいが思い思いの場所でお弁当を広げる。年配のグループ、夫婦連れ、小さい子供がいる家族づれ、大学生のグループ、女性のグループが多い。

 

おじさん一人だと弁当を食べるのに5分とかからない。早く帰ってビールを飲みたいので、何枚か写真をとって早々に引き上げる。上りの途中から左足のつま先が圧迫されていたかったのと、両足の踵に豆ができたようでヒリヒリする。足をかばいつつ、転ばないようにゆっくりと来た道を下る。トレイルランニングの方が後ろから追いついてくると道を譲る。結構なおじさんも飛ぶような勢いで登山道を駆け下りて行くけれど膝が大丈夫なのか気になる。

 

結局上り2時間10分、下り2時間の山歩きだった。散歩くらいの気持ちできたが、足の皮がズル剥け、膝はガクガクでダメージが大きかった。でも気分良く歩けた。新しく歩きやすい靴とザックが欲しくなった。

 

3時過ぎに家に帰って、シャワーを浴びたら何もしたくなくなったのでビールを飲んで息子が帰ってくるまで昼寝した。

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連休1日目 街をうろうろ

5月3日から6日まで妻と娘は東京に遊びに行っているので、私は予備校通いの息子と金沢でお留守番。息子は予備校の授業があるので昼間は私はひとりぼっち。全く誰にも何にも言われずに一人で4日間過ごせるかと思うと楽しみで仕方ない。本読もうか、料理しようか、昼間から街に出て呑んだくれようか。大げさでなく遠足の前の小学生の気分だ。

 

3日は玉川図書館で本を借りて、オヨヨ書林で古本を物色しつつ香林坊まで歩き、陸上競技用品のStepでランニング用の靴下を買った。一足1,200円円のにしようか、安売りの2足で1,000円のにしようか迷ったが 、気が向いた時に走ってみるくらいなので安いのを買う。

 

せせらぎ通りの「いやさか」で串揚げとビールにするつもりが今日は夕方からの営業。香林坊ジビルバが開店する3時にも少し間がある。仕方ないので玉川図書館まで戻ろうと裏通りを歩いていると、住宅の壁一面を飾る藤の花を見つけた。花もちょうど見頃で誠に美しい。ぱっと見たところこの家には誰も住んでいなさそう。

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家に帰るにもまだ早いので、自転車で東山の「エルパソ」へ行く。途中、茶屋街のあたりを通ると、まさにごった返すような賑わい。そこから5分くらいのところにあるエルパソは静か。先客が一組のみ。2階のカフェスペースでシュークリームとアイスコーヒーで1時間半ほど本を読んだ。途中で何度も冷たいお茶を持ってきたもらって、ゆっくりしてくださいと声をかけてもらう。静かでいいんだけどあまりにもお客さんが少ないようで心配になる。

 

18時近くになったので家に帰って晩御飯にキーマカレーを作って息子の帰りを待地ながらビールを飲んで連休1日目はおしまい。

ワカメうどん

連休初日の午前中、息子に朝ごはんを食べさせ、予備校に送り出してからのんびりしていると、近所のの電気工事屋のおじさんがワカメを持ってきてくれた。海で採ってきたとのことで、そのおすそ分けだ。

 

早速鍋に湯を沸かす。沸騰したお湯にワカメをを入れると、黒いワカメがパッと鮮やかな緑色に変わる。すぐに水にとって冷ます。磯の香りがしてうまそうなので、切れ端を口に放り込む。ひとつひとつの細胞の細胞壁がしっかりしているのが感じられるくらいシャキシャキしてうまい。晩御飯に酢の物にしようかとも思ったが、今すぐ食べたい。冷蔵庫に2日前に賞味期限が切れたゆで麺があるのを思い出し、ワカメうどんを作った。ワカメがが主役なので薬味のネギもなし。出汁を温めてうどんを茹で、仕上げにワカメをどっさり入れて完成。

 

麺と同じくらいの量のワカメを入れた。しっかりした歯ごたえは、今の季節の取り立ての生わかめでしか味わえない。特に茎の根元の部分がうまかった。晩御飯はキュウリと酢の物にして、明日の朝は味噌汁にしよう。

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

著者のジェイムズ・リーバンクスは、1974年に代々続く羊飼いの家に生まれる。幼いころから家で祖父や父親の仕事を手伝いながら、自分も当然羊飼いになるものと思って暮らし、居心地が悪かった学校は高校の途中で行くのをやめてしまう。しかし、青年期特有の全能感が邪魔をして、仕事の方針を巡って父親と激しく対立するようになり家を飛びだす。で、しばらく勉強して行った先がオックスフォード大学。時々家の羊飼いの仕事を手伝いながら大学を卒業する。

 

卒業して家業をついでずっと羊飼いとして暮らす。そんな著者が羊飼いの暮らしを、四季の移り変わりに合わせて綴る。イギリスの湖水地方というと、牧草に覆われたなだらかな山肌、そこで羊がのんびりと草を食む。そんなのどかな光景を思い浮かべるが、現実は厳しい。

 

1年のうち8ヶ月は雨、雪の悪天候が続く。春、暖かくなると羊の出産シーズンになり、広い牧場を四輪バギーで走り回って子羊の面倒を見なくてはいけない。夏はわずかな晴れ間を狙って冬用の干し草作り。刈った草を2、、3日干さないと干し草にならず腐ってしまうので、タイミングをはかって一気に仕事をしなければいけない。毎日休みなしに働いても、羊の値段は安く、暮らしは楽にならない。副業をしなければ牧場を維持できない。湖水地方の観光地としてのイメージが世の中に広まって、金持ちが別荘地として牧場を購入するして勝手なことばかり言う。

 

生まれた直後に子羊が死んでしまうと、羊飼いはその子羊の皮を丸ごと剥ぐそうだ。母親からはぐれてしまった子羊にその皮をジャケットのように着せて、子どもを失った母ひつじの前に差し出すと、母ひつじはその子を自分の子どもと勘違いして子育てするのだそうだ。

 

ずっと羊飼いの人は、外の世界から自分の仕事を見るとことはないので、こんな本は書けないし、大学を卒業しても実際に羊を飼っていないことにはこんな本は書けない。羊飼いがたまたま大学に行ったから生まれた本だ。

 

著者のツイッター(@herdyshepherd)で牧場の写真や動画をたくさん見れるので、それを見ながら読むと楽しいです。

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

 

見よう見まねで

「いなさ」のご主人がクレソンのサラダを作っているところを見ていると、クレソンをボウルに入れてオイルを注いでから何度も何度もクレソンを手でかき混ぜてオイルをまんべんなくクレソンの葉っぱ1枚1枚にまぶしている。それから酢と調味料を入れて再びかき混ぜる。しっかり味がなじんでいて、葉っぱを食べているのでなく、ちゃんと料理されたものを食べている感じがする。

 

見よう見まねで同じようにサラダを作ってみた。居酒屋さんでよくあるキャベツを塩昆布とごま油で和えたやつ。もう一つは、キャベツをオリーブオイルと酢で和えて塩コショウで味付けしたやつ。食べてみるとやはり、手でていねいに和えたサラダは違う。葉っぱをお皿に持って後からドレッシングをかけただけものとは全然違う。

 

春キャベツうまかったなぁ。

 

 

ゼブラ サラサドライ 0.7mm

先週から毎日大学ノートに2ページ日記を書くことにした。山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読んで、誰に見せることもない日記を書いてみたくなったのだ。誰に見せるつもりもないので思いついたことをひたすら書きなぐっていく。1週間続けてるみたところ、平均30分から40分で書いている。最初は万年筆で書いてみたのだが、あっという間にインクカートリッジを使い果たしてしまうので、ボールペンで書くことにした。万年筆と同じように筆圧をかけなくてもスラスラと書けるようにと、太めの水性インクのボールペンを試した。その中で、このサラサドライはインクがすぐに乾くのが特徴らしい。書いてすぐに触っても指につかない。書き味もいい。しばらくはこれで書いてみる。

ゲルインクボールペン サラサ ドライ (0.7mm) 【ブラック】 JJB31-BK

 

なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略

大企業と中小企業とで企業を分類するのでなく、グローバルの世界でトップを狙うのか、ローカル経済で着実に稼ぐのかで分類し、それぞれに合った成長戦略を適用すべきという内容。

 

自動車や電機などグローバルで競争せざるを得ない製造業は、雇用人数で言えば全体の2割程度、圧倒的多数の雇用は、商業や観光などのローカル経済に属する。グローバルの世界で生き残るのはオリンピックで金メダルをとるようなもの、そのためには国内のルールを世界標準にして、世界の超一流の人材を引きつけるようにしなければいけない。一方、ローカル企業に向けては、規制緩和によって従業員一人当たりの生産性を上げることを目指す。また、生産性の低い企業は市場から退出してもらい、高い生産性を実現できる、つまり高い給料を払える企業に人を集約する。

 

既に地方では、生産年齢人口の減少によって今後常態的に人手不足となるので、雇用維持を目的とした企業の延命策は不要、むしろ生産性の高い企業に雇用を集約することが地域全体の生産性を上げることになる。

 

現在の状況分析とそれを踏まえた政策の提案、ピシッと一本の筋が通った内容です。特に普通の人が普通に働いて食べていくためにどうすべきかについての道筋を提示しているのがいい。

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

 

現象学という思考

現象学面白いわ。

 

意識と無意識。自我。現在と過去、未来。言語、等々について、自明なことから考えを積み重ねていく。自明とは当たり前すぎて普段は意識もしないことだ。目の前のものトマトをトマトと認識すること、トマトが赤いと認識すること。その仕組みを解き明かす。

 

トマトという実体、それをみる私という実体、赤いという本質が先にあるのではなく、それぞれの関係性の中で、全部が同時に立ち上がってくるというのが、現象学学の立場。すべてが移ろいゆくもの、諸行無常を説く釈尊の教えに近い。

 

フッサールの著書を読んでみたいと思った。

現象学という思考: 〈自明なもの〉の知へ (筑摩選書)

 

AI経営で会社は甦る

AIやIoTが今後の企業経営に大事だと思うのだけれど、どういうふうに受け止めて取り組んだらいいのか考えている人は読んでおくべき本。

 

まず、日本はこれから人口がどんどん減っていくので、景気の良し悪しに関わらず人手不足の状況が続いていく。既に飲食や小売業、医療、介護、物流などのローカル経済において人手不足が深刻な状況になっている、というのが大前提。

 

そのことから、今後のAIやIoTの普及は日本にとって大きなチャンスだと言います。なぜならば、既に移民を受け入れている欧米諸国では、AIやIoTによる省力化の成果を社会に実装する際に、大きな反発を受けるが、日本では人手不足が深刻なためそのような反発なしに世界に先駆けて導入できる可能性が高いからだ。

 

また、AIやIoT導入の効果は、既に厳しいグローバル競争の荒波に揉まれ続けた製造業よりも、地域性の強い、サービス業や物流業、医療介護のローカル経済に大きいと言います。

 

一方で、AIやIoTの仕組み自体は、いずれ誰かがデファクトスタンダードを確立することになるだろうから、中途半端に独自のものを作ろうとして消耗するよりも、ベストプラクティスを見極めてうまく利用して商売に結びつけるかが大事だと言います。ポイントは日本が得意なメカ(ハードウエア)の部分とソフトをどうすればうまく組み合わせることができるかだ。

 

電話やインターネットと同じように、AIも普及してしまえばそれが競争条件になるわけでないのだ。

AI経営で会社は甦る (文春e-book)

 

昭和前期の青春

くノ一忍法帖などの忍法もので一世を風靡した、山田風太郎のエッセイ集。この前読んだ「戦中派不戦日記」が面白かったのでこの本を手に取った。

 

この本は、「戦中派不戦日記」に至るまでの風太郎の生い立ちや、生まれ故郷である兵庫県日本海側にある小さな町の思い出が綴られている。ちょっとしたことだけど、同年代の人たちにしかわからないような、出来事が丁寧に書かれているので当時の気分を知ることができて面白い。

 

例えば、子供向けの雑誌「少年倶楽部」を毎月心待ちにして、少年倶楽部が届くと木に登って、グミやナツメの実を食べながら読んだ、という話。私の年代だと、学研の教育雑誌「学習」と「科学」。特に「科学」には蓄音機や写真機など子供の心を鷲づかみにする付録が毎号あって、3日ぐらい夢中で遊んだ。あの付録を心待ちにするワクワク感を自分の息子に伝えようにも、なかなかわかってもらえない。また、祖父の家にはグミの木があったり、近所の空き地にあったナツメの木に登り、ナツメの実を食べたことがあるので、ふふーんと思えるけれど、グミもナツメも見たことがない子供たちに、グミの甘酸っぱい味や、ナツメのサクサクした食感やほのかな甘みを伝えるのは至難のわざだ。

 

なんでもないことは、なんでもないだけに時代が変わると忘れ去れれてしまい、後から掘り起こすのは難しい。日記はそんな細かい時代がの気分を掘り起こす手がかりになる。しかし、人には見せるつもりがない昔の日記と、人に見せる前提で書いている今のブログとでは、書き込まれる内容が違ってくると思う。人に見せる前提だと当然だがあまり尖ったことは書きにくい。匿名にしても読まれることを意識すると微妙に書き方が変わるように思う。

 

大正11年に兵庫県の田舎町で生まれて、敗戦を23歳で迎えた年代が、どんな気持ちで彼らの青春時代、つまり昭和6年の満州事変からの十五年戦争を過ごしたかを知りたい人ににオススメです。

昭和前期の青春 (ちくま文庫)