漆の文化史
遺跡に埋もれていた漆器を分析し、漆器考古学の立場から従来の伝承品中心の漆工芸史では描けなかった漆の歴史を明らかにします。著者は石川県輪島漆芸美術館の館長さんです。私にとっての漆に関する意外な事実がたくさんありました。
- 縄文時代には土器に漆を塗り更に漆で文様を描く技法があった。縄文は赤い漆を塗ることが多かった。弥生時代になると黒が多くなる。
- 奈良、平安時代までに土と漆を混ぜたものを下地に塗ったり、布を縁にかぶせて補強する技法などは出尽くしている。
- 中世以降は下地に柿渋を使うなど製法を簡略化し安価に製造できるようにして、普通の人(貴族以外の人)の日常生活で徐々に使われるようになってきた。
- 江戸時代に農漁村の経済力が向上したことで、家具(お膳、椀などのセット)として漆器をセットで買うようになった。輪島塗りは珪藻土と漆を混ぜたものを下地にする本堅地の技法による丈夫さと北前船による物流、アフターサービスのよさを武器に全国に広がった。遠くはアイヌの人々へも販売していたそうだ。
- 明治維新で大名、お寺などのパトロンを失った産地は衰えたが、輪島は逆に全国から優れた蒔絵職人が集まってきたことから産地としての勢いを増した。輪島の沈金や蒔絵が盛んになったのは明治中期以降。最近のこと。
- 柳田で作られていた合鹿椀は、柿渋地の簡素なつくりの漆器であり製法上は輪島塗の系統とは違う。
伝統的だと思っていたものも実が、明治以降に起源があるというのはよくあること。現状を変えるきっかけとして、もう一歩過去に遡って考えてみると、案外新しいアイディアが出そうです。土器に漆か。

- 作者: 四柳嘉章
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2009/12/18
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