欲望の錬金術 伝説の広告人が明かす不合理のマーケティング

経済合理性だけを重視して行動するのを止めませんか? というのが本書のテーマ。冒頭にレッドブルが例として取り上げられる。変な味がして、量が少なくて、値段が高い飲料がどうして世界中で年間60億本も売れるのか。合理的に考えれば、美味しいものを、たくさん、安く買いたいはずなのに。著者はその理由を、レッドブルが活力増進に効き目があることを、赤い牛のマークとともに、変な味、少ない量、高い値段、が消費者の無意識に強烈に印象付けているからだという。

人間が関係する事象には、物理学と違って客観的な事実などない、当事者が何を目的としているのか、その時の文脈よって意味が違ってくるので、状況が違えば経済合理性で最も良い選択肢ではなく、最善ではないが致命的な惨事に陥ることがない、そこそこの選択をすることも十分ありうる。また、異性に選ばれるためなら、社会的な面子を維持するためなら、化粧品や洋服、クルマなどにとんでもない金額を費やすこともある。

こういう、一見非合理にみえる選択は無意識に行われ、行動した後に、もっともらしい、いかにも合理的な理由を後から付け加えることになるので、本音の理由はわかりにくいが、人にものを売ろうと思ったら、無意識下の身もふたもない理由に訴えかけるべきなのだ。

著者のローリー・サザーランドは世界的広告会社オグルビィUKの副会長。ものを売るための手練手管を知り尽くした人だ。
客観的な事実などどうでもよくて、顧客にどう思われるかが全てである例として、お菓子の材料を健康的なものに変更した場合に売り上げが落ちてしまうことをあげている。事前にテストして変更前と後で味が変わってないという結果が出たとしても、消費者は体にいい材料が使われていると聞いただけで、味が変わったと感じるのだ。大抵は、それで既存の顧客だ離れて売り上げが落ちてしまうらしい。まず、消費者にわからないように成分だけ変えて、数年してから実は健康に良い成分を使っていることをPRすべきなのだ。そうすれば、既存の顧客は離れていかないし、健康的な材料を使っていることで、そういったことに関心がある新たな顧客にも買ってもらえるかもしれない。

経済合理性とともに、ビッグデータに頼ることの危険性も著者は指摘する。どんな大量のデータであれ、データの出所は過去なのだから、それをいくらこねくり回して分析したところで、未来の状況の変化に対応する助けにはならないのだ。人間はそんな不確定な未来に生き残っていくために、行動経済学でいうところの「ヒューリスティク(発見的手法)」を進化させてきた。これは、必ず正しい答えを導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることができる方法である。発見的手法では、答えの精度が保証されない代わりに、解答に至るまでの時間が短いのだ。

もちろん、データを無視すればいいというわけでなく、時々は合理性の裏にある無意識にまで下りて考えてみようということだ。