人間が幸福になる経済とは何か 世界が90年代の失敗から学んだこと

クリントン政権で経済諮問委員長を務めたスティグリッツ博士によるアメリカにおける90年代の経済政策の総括。


レーガン−ブッシュ政権の小さな政府をめざした政策の負の遺産(巨額の財政赤字、貧富の格差、不況とそれにともなう高い失業率)に対して、クリントン政権は何をしようとして、実際何ができたか、その結果どうなったかを、政権の内部から振り返ります。


政府は非効率な仕事しかできない上に腐敗するから、経済への介入は出来るだけ少なくすべきだとする、市場原理主義を批判します。政府も失敗することはあるけれども、市場に全てをまかせると、教育や科学振興に必要な投資がなされず、景気変動に伴う失業や、貧富の格差拡大、独占による弊害が発生し大きな社会的な費用がかかる:市場も失敗する。政府にも果たすべき役割はあるので、市場に何処まで任せて、政府に何をやらせるかは政策課題ごとに問わなければならないという立場です。フリードマンの「選択の自由」と比較しながら読むと立場の違いがはっきりして面白いです。


クリントンは当初、失業対策や社会保険の充実などの弱者対策をやりたかったが、その前に財源を確保するために巨額の財政赤字を何とかしなければならず、規制緩和による景気拡大を優先せざるを得なかった。幸い、インターネット関連企業の興隆による好景気が続き財政赤字も解消したものの、市場に任せすぎたことによる矛盾は持ち越され、2000年以降の景気後退期にこれらの矛盾が露見したと著者はいいます。


この矛盾を象徴するのが、エンロンの破綻です。ガスや電気事業の自由化、ストックオプション、グローバリゼーション、これらがエネルギー供給事業の効率化をもたらし、消費者への安いエネルギー供給につながったかといえば、全然そうはならなかった。市場操作によるカリフォルニアの電気料高騰、停電の頻発、粉飾決算、巨額の役員報酬があっただけで、税金で尻拭いすることになったのでした。


政府にやらせるか、市場にやらせるか、バランスが大事というのはなんとなくわかるのですが、個別の政策ごとに、そのバランスを誰がどうやって決めるかというのは、実際やるとなると難しい問題だと思いました。

人間が幸福になる経済とは何か

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