甘酸っぱい味

1957年に熊本日々新聞に連載された吉田健一の随筆、百編をまとめたものです。一編が2〜3ページで短く、吉田健一の書いたものとしてはかなり読みやすい。


1957年は明治維新から89年後、その間に日本は、明治維新、第2次世界大戦と2回も社会がひっくり返っている。歴史の教科書を読む限りでは、そのたびに全てがリセットされて、過去と断絶しているような印象を受ける。幕藩体制から明治維新へ、軍国主義から民主主義へ。しかし、吉田が書いたものを読むと、戦前の人々がどんなことを考えていたのか、明治はどうだったのか、戦後、戦前、明治、江戸までが地続きのものとしてありありと感じられる。


「小事件」では、二・二六事件発生時の人たちの気分が描写される。戦争にまっしぐらに突き進んでいく暗い時代というだけでなかったようだ。

軍部に対する反感がこれで一つの具体的な裏付を与えられたのと、御前会議が開かれて、大概の文武の高官がおどおどして今にも青年将校の内閣が出来上がりそうだった時に、陛下が一言「叛乱軍をどうする、」と仰せられて議が決したのが一致し、そこに天皇と国民があり、そのどこか周辺で陸軍が醜態を演じているという風な恰好になったことが如何にも日本が常態に復したという印象を我々に与えたのである。満州事変が起こってから五年目だったから、それまでの日本は何かに付けてい心地が悪かった。
 つまり、事件が起こってから暫くの間は久し振りにい心地がよかったのである。

暇を暇として楽しむ時のお伴にどうぞ。

甘酸っぱい味 (ちくま学芸文庫)

甘酸っぱい味 (ちくま学芸文庫)