ビギナーズ

レイモンド・カーヴァー


めったに小説を手にすることはないけれど、時々読みたくなり図書館で借りてくる。でも、小説の世界に入り切れなくて途中で止めてしまうことも多い。読み通すのは年に数冊か。


この本は読むうちにぐいぐい引き付けられた。といっても、わくわくするとか、胸がキュンとなるとかいうわけでない。気が滅入るような話ばかりだ。妻と子供に逃げられた男が、家財道具を前庭に並べて売出す話。どうしようもないアル中のお話。従業員の女性と浮気したのがばれて、家庭生活も仕事もグダグダになる話。仲間と泊りがけで釣りに出かけた先で女性の死体を発見、そのままにして2泊3日の釣り旅行を終えてから警察に知らせ、それ以来奥さんとの関係がギクシャクする話。子供が交通事故で死んでしまうお話。


気が滅入るので途中で止めようと何回か思ったのだけど、最後まで読んでしまった。他人事とは思えない。みもふたもない日常の陰から突然飛び出してくる事件をきっかけにお話が始まる。

私たちは既に決定を下し、私たちの人生は既に動き出してしまっている。そしてそれはしかるべき時がくるまでそのまま進みつづけるだろう。しかしもしそれが真実だとしても、それでどうなるだろう?つまりそう信じてはいながら、それを包みかくして日々を送っている。そしてある日事件が起こる。何かを変化させてしまうはずの事件だ。それなのに、まわりを見まわしてみれば、そこには変化の兆しはまるでない。どうすればいいのか?その一方で、まわりの人々はあたかもあなたが昨日の、昨夜の、あるいは五分前のあなたと同じ人物であるかのように話しかけたり振る舞ったりする。しかしあなたは現実に危機をくぐりぬけているところであり、心は痛手を負っている。


この本は「愛について語るときに我々の語ること」のオリジナル原稿からの復元版。私が一番好きなのは、「ささやかだけれど、役に立つこと」だ。

ビギナーズ (村上春樹翻訳ライブラリー)

ビギナーズ (村上春樹翻訳ライブラリー)