ぶどうパン

日帰り東京旅行の最後に、妻へのお土産も兼ねて湯島の「舞い鶴」というお店でぶどうパンを買った。17時閉店なのに、最寄りの御徒町駅に着いたのが、16時45分。慌てて歩き出したものの、方向を間違えて引き返すなどしていたために、お店に着いたのが17時。

 

カウンターの中にいたご主人に「ぶどうパンありますか?」聞くと、「大と小しか残ってない。」とのこと。事情がよく飲み込めず他に何があるんだと思いつつ「じゃあ、大くださいと。」と大きい包みを手に取ると、パンとは思えないくらいにズシリと重たい。「重いですねぇ。」というと喫茶コーナーでコーヒーを飲んでいた常連さんと思しき男性に「ここのは沢山ぶどうはいってるから。」と教えてもらう。下町の昔ながらのパン屋さん兼喫茶店という感じのお店。

 

翌朝、スライスしてトーストしてたっぷりバターを塗って食べてみた。パンに干しぶどうが入っているというよりも、もはや干しぶどうの隙間にパン生地が挟まっている。妻も私も大喜びで食べたが、あまりレーズンが好きでない娘は手をつけなかった。息子も干しぶどうは嫌いだと言っていた。ヤマザキのレーズンパンのテレビCMも明らかに高齢者をターゲットにしていたので、もしかしたらレーズンを喜んでたべるのは年寄りばかりなのか、などと考えながら2切れ食べた。満足。

 

f:id:benton:20200113090846j:image

文喫は楽しい。

昼飯を食べて息子と別れてから、六本木の「文喫」という本屋さんに行った。2018年12月に開業した入場料をとる本屋さんで、店内に喫茶スペースがあって、お茶とコーヒが無料。本棚から好きな本を選んで、お茶しながら読むことができるのだ。

 

まずは、受付で入場料1800円を払う。ネットでは1500円と書いてあったので、一瞬「えっ。」と思ったが、1500円は平日の料金で、土日祝は1800円とのこと。平日の18時以降なら1000円だ。平日限定となるが月1万円で使い放題となる料金プランや、企業契約プランもあるそうで、シェアオフィス的な使い方もできるようだ。

 

奥の有料スペースに入る。休日のためか結構混んでいたが、喫茶スペースに席を確保してコーヒーを受け取る。書架のスペースは想像していたほど広くないが、自然科学、哲学、宗教のスペースの割合が高い。料理と旅行関連、デザイン、写真集も充実していて、かなり私好みの本の配置。

 

適当に5冊ほど手にとって席に戻って読む。図書館と違って最新の本があるので、ネットや新聞の書評で気になった本を好きなだけ鷲掴みにして、座ってじっくりと読み散らかせるのは、まさに至福の時。本を取っ替え引っ替え3時間ほど滞在。パソコンで仕事している人や、お茶だけ飲んでいる人もいる。意外に若い人が多いのに驚いた。シェアオフィスだと思えば安い。それに、休みの日に3件喫茶店をハシゴすることを思えばそんなもんか。金沢にもこんな場所があれば、平日の夜に毎日でも通うのにと思う。

 

書架の隙間で本を選んでいたら、とある放送局のスタッフから朝の番組の取材できているのだが、利用者として話を聞かせてくれないかと頼まれた。0.5秒くらい出演してもいいかなと思ったが、すぐに思い直して丁重にお断りした。

 

せっかく来たので記念にと、少し気が大きくなって、普段なら図書館で借りるような本を2冊購入して店を出た。

家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか

家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えたか

 
ゾミア―― 脱国家の世界史

ゾミア―― 脱国家の世界史

 

ルームシェア

東京国立博物館を見物した後に、年末に引っ越した息子のアパートを訪ねた。博物館から東京芸大の横を歩いて谷中へ向かう。そこから根津神社、日本医大の横の坂を登る。途中に金沢の別院通りにある喫茶店、「謎屋珈琲」の支店を見つける。

 

30分ほど歩いて、アパートに到着。アパートは3階建で、息子は、3階の15畳くらいのリビング・ダイニングと6畳の間がふたつある部屋に、友達と二人で住んでいる。いわゆるルームシェアだ。この辺りは家賃が高すぎて、普通にアパートを一部屋借りると、10万円近くするので、家族用の部屋を二人で借りてシェアしているのだ。これで、なんとかこれまで住んでいた下北沢の部屋と家賃の負担が同じになるらしい。

 

アパートの中を覗くと、息子の相方がゲームをしていたので、初めましてのご挨拶。小柄な好青年といった感じ。二人ともそれぞれが一人暮らしをしていたので、テレビ、電気釜、冷蔵庫、電子レンジが二つづつある。またいつかそれぞれ一人になるので全部捨てずに置いとくそうだ。引越しのダンボールやらゴミが部屋全体に散乱していたので、お土産の鱒の寿司と預かってきたお年玉を渡して、息子と二人で昼飯に出かける。

 

途中で大学のキャンパスを案内してもらう。大学までアパートから歩いて10分、上野公園まで歩いても30分。夏目漱石吉田健一の小説に登場する場所に住めていいな、と思いつつキャンパスをぶらぶら歩く。

 

なんでも好きなもん食べさせてやるから、何処か連れて行け。と言ったところ、インドカレーがいいというので、大学近くのインド料理屋に入る。息子によると、ラーメン屋、インド料理、ケバブ屋がやたらに多いらしい。本当は、洒落た洋食か、ステーキなど食べさせてやりたかったのだが、私はこの辺の店も知らないし、息子が上下ジャージのくつろいだ姿ということもあり、インド料理屋で安上がりに済ませることとなった。話を聞くと、昨日まで秋学期の試験だった。3週間開けて4科目の試験があって、その翌日からは千葉で自転車部の合宿の予定とのこと。その合宿が終わったら帰省できるかもしれない。あまり自炊してなくて、アパートで炊いたご飯を学食に持ち込んで、学食のお惣菜だけ買って昼飯にしているらしい。上京する時に持たせた貯金も自転車につぎ込んでほとんど残ってなくて、春休みの合宿の費用はUberEatsでバイトすると、涙ぐましい事をいうので、ステーキを食べるはずだったお金はお小遣いとして渡してきた。

 

12月に腰を痛めてから全く自転車に乗っていないというのが心配だ。早く医者か整骨院に行くように言って別れた。

東京国立博物館のお気に入り

松林図屏風を見物したついでに、東京国立博物館の東洋館を見学。ここの中国、朝鮮陶磁が好きなのだ。

 

しかし、今回は1階の西域や東南アジアの仏像コーナーに惹かれた。特にアンコールワットなどカンボジアの仏像の素朴で心安らかな表情に、しばし足を止めた。

 

ほとんどの展示品は写真撮影ができるので、今回はお気に入りの展示品を写真に収めた。なかなか楽しい。

f:id:benton:20200112073215j:image

f:id:benton:20200112073225j:image

f:id:benton:20200112073236j:image

 

 

f:id:benton:20200112073248j:image

松林図屏風

東京国立博物館では毎年1月の前半に、長谷川等伯の国宝「松林図屏風」を公開する。長谷川等伯は石川県七尾市の生まれ、何年も前から一度は本物を見てみたいと思っていたが、なかなか正月休み明けすぐに東京に行くことができなかった。

 

今年は「いつ何があるかわからないから、行きたいと思った時に行っといたほうがいいよ。 」という妻のありがたいお言葉に背中を押され日帰りで見物することにした。

 

朝6時発のかがやきで東京へ、8時30分に上野に到着。開館は9時30分なので、駅のお店でスープとパンの朝食を摂りつつ時間をつぶす。9時15分頃に東京国立博物館の正門に到着すると既に長蛇の列が出来ている。100人以上が並んでいて、それに続々と人が加わっている。即位の式典で使われた高御座の展示を見る人の列だ。通常の展示は別の列だったのでホッとする。

 

本館正面の階段を2階に上がり左側に進むと、埴輪や仏像などの縄文、弥生、古墳時代のの美術品が並ぶ。その奥に松林図屏風が見えた。

 

松の木が霧の中からすっと浮き出ている。本当に霧が立ち込める空気感が伝わってくる。背景は一見したところ、ただの白に見えるが、近づいてよく見るとうっすらと墨が塗られている。左側の屏風の白い山は墨の濃淡だけで描かれている。

 

展示室に置かれて椅子に座って遠くから眺めたり、近づいて観察したりと30分以上見ていた。同じように行ったり来たりして、写真を摂りながら仔細に鑑賞している人が何組かいた。

 

松林は北陸の海岸沿いなら何処にでもあるありふれた風景。うちの実家の窓からもまさに松林図屏風の松林と同じような景色が見える。冬のどんよりとした雲の下、日本海の荒波が砕ける音が聞こえる中で霧雨に煙る松林。そんな風景を思い浮かべながら見ていた。

f:id:benton:20200112073129j:image

f:id:benton:20200112084109j:image

f:id:benton:20200112084126j:image

犬の散歩

東京で息子の引越しを手伝い、元日を大阪の実家で過ごした妻と娘が、2日に私の実家にやって来てようやく家族が揃う。

 

夕方、娘と一緒に弟夫婦が飼っている犬(豆柴)を散歩に連れて行った。海岸沿いの防波堤を隣町まで行って、我が母校の小学校へ向かう。小学校はポツンと田んぼの真ん中にある。原野の一本道を歩くことになるので、冬の季節は風が強過ぎて傘がさせない。カッパを着て通学していた。冬の雷は恐怖。いつ雷に打たれるかと怯えながら歩いたものだ。通学路からは白山や富士写ヶ岳など山並みが綺麗に見える。住んでいた時は当たり前の風景でなんとも思っていなかっったが、久しぶりに見るといい風景だなとしみじみ思う。

 

東京、大阪に少しかぶれ気味の娘は、田舎感が半端ないと喜んでいる。

f:id:benton:20200102155201j:plain

 

ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶

20年ほど前、とある電機メーカーのシリコンバレーの子会社へ派遣されていた時の同僚にラトビア出身の人がいた。アレックスという当時30代前半の男性で、私と年が近いこともあり、屋外の喫煙所でタバコをふかしながら、お互い不自由な英語でボソボソとよく話した。

 

彼はソ連では、社会経済研究所のようなところで働いていたが、ソ連の崩壊に伴って難民としてアメリカに来たといっていた。奥さんと子供一人連れて来たそうだ。その時は、ラトビアという国がどこにあるのか、ソ連ラトビアユダヤ人の関係、どんな経緯で難民になったのかも全くわからなかった。当時の英語力ではこみいった話はできそうもなかったし、過去のことにあまり立ち入るのもどうかと思い、それ以上の詳しい話は聞くこともなかった。

 

その後、日本に帰ってから、ティモシー・スナイダーの「ブラッドランド」を読んで、第2次世界大戦の中の独ソ戦の時に、ドイツとソ連の間のポーランドやバルト3国では、ドイツに占領されている時はソ連の手先だと疑われ、ロシアが再占領した時にはドイツの手先として疑われ、地元の人々が大変な扱いを受けたと知った。

 

最近、池内紀の「消えた国 追われた人々 東プロシアの旅」とギュンター・グラスの「蟹の横歩き」、「玉ねぎの皮をむきながら」を読んだこともあり、ロシアとドイツの間、バルト3国についてもっと知りたいと興味を持っていたこともあり、朝日新聞の書評でこの本を紹介しているのを読んで直ぐに購入した。

 

この本に登場する母親は1944年生まれ。ラトヴィアがソ連の一部として実質上併合された時に幼少期を過ごす。実の父親は、ソ連兵に反抗したばかりに暴行を受け収容所送りになる。産婦人科医として働きながら25歳の時、1969年に娘を出産する。母親が精神的に不安定で、アルコールや薬物に走り、娘が祖父母が母親を支える。母と娘の回想が交互に記される。反体制的な教師が収容所送りになって突然いなくなる、そんなことがあっても、誰も何もなかったように平然と日常生活が過ぎていく。

 

二人の回想はソ連の指導者がゴルバチョフの時代となり、ベルリンの壁崩壊まで続く。歴史書を読んでいるだけでは、感じることができない人々の生活の肌触りが伝わる。

ソビエト・ミルク: ラトヴィア母娘の記憶

ソビエト・ミルク: ラトヴィア母娘の記憶

 

1991年にソ連の崩壊とともに、ラトヴィアは独立。ラトヴィア人主導の政府となる。今度は立場が入れ替わり、人口の約30%を占めるロシア系住民が、無国籍になるという問題が発生している。

反穀物の人類史

狩猟・採集社会から農業社会へ移行して、それと同時に移動生活から定住生活へ移行して、国家、文明が始まる。文明の恩恵にあずかろうと雪崩をうって人々は国家に参加する。国家はこういうふうに始まったと思い込んでいた。

 

定住生活と国家の組み合わせって、今はあたりまえで国家が無い社会は考えられないけれど、国家が始まった当初はそんなにいいもんでなかったということがこの本に書いてあります。

 

そもそも、農業の始まりや定住生活の始まりと国家の始まりに直接の関係はなくて、農業が始まって数千年間は大規模な国家ができていないし、狩猟・採集社会であっても豊かな地域では定住生活をしていた。農業が始まったからといって、狩猟・採集生活を止めてしまったわけでもない。食料調達の為の手段として随分長い間並存し、自然環境の変化に合わせて狩猟をやったり農業をやったりしていた。

 

肥沃な沖積平野に、人口を集中して住まわせ小麦や米などの単一の穀物を栽培させ余剰生産物を税として徴収する。そのための仕組みが国家だという。別に国家などなくても暮らしていけたし、国家に属さず狩猟採集で生活していたほうが豊かな暮らしが出来たらしい。その証拠に、疫病や凶作で生活条件が悪くなると、人が逃げていくので、国は常に奴隷や捕虜を連れてきて補充しつつげないと国家を維持できなかったそうだ。万里の長城は北方の遊牧民が中原に侵入するのを防ぐためにあるのではなく、中原の人々が北方へ逃げ出さないよう閉じ込める為にあるのだと著者は言う。中島敦の小説、「李陵」で、万里の長城を警備していた李陵が遊牧民に襲われて捕虜として北方に連れ去られた時に、李陵の一族が皆殺しにされた部分を読んで、どうしてそこまで厳しい処罰になるのかと思っていたが、もしかしたら北方へ逃げそうとする人々への見せしめの意味があったのだろうか。

 

また、人が密集して住む都市は伝染病の温床になる。それに家畜も加わると動物由来の伝染病も加わる。古代文明の中心地がある日突然消滅することがあるのは伝染病が原因とのこと。

 

単一穀物の栽培を基盤とした国家の仕組みだけしかなかった訳ではないのだ。国家の下で暮らすことの条件が悪ければ人は自ら選択して国家を捨てて、文明が及ばない「野蛮人」となった。野蛮人、未開人、部族、非定住民等という呼称は、国家の側が名付けたもので、必ずしも野蛮でも未開でもなかったと著者は言う。

 

「飼い慣らし」という考え方も面白い。野生の動物や植物を飼い慣らして、家畜や栽培植物にしているのだが、よく考えてみるとどっちが飼うほうで、どっちが飼いならされている方なのか? 動物の食べ物を準備して、毎日欠かさずに世話をして奉仕しているのは人間ではないか。植物の成長に最適の環境を整えて身を粉にして働いてるのは、人間ではないか。飼いならされているのは人の方とも言える。更に本当は狩猟や採集など食べ物を入手する方法はいろいろあるのに、他は捨てて単一の穀物の栽培だけして一生を過ごすというのは、まさに人が家畜や植物に飼いならされているのではないか。

 

いろいろ考えるきっかけになる、目から鱗が何枚も剥がれ落ちる本です。

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

 

 

 

焦がしキャベツのスープ

有賀薫さんの「スープ・レッスン」という本がある。シンプルな味付けで、メインの野菜一種類を味わうためのスープのレシピをまとめた本らしい。「らしい」というのは本を買っていないからで、アマゾンでオススメされて説明を読んだのだ。その本の表紙にはキャベツを使ったスープの写真が使われている。大ぶりに切ったキャベツのところどころが茶色く焦げている。焦がしキャベツのスープというらしい。

 

この表紙だけで、キャベツの焦げた甘い香りとベーコンの燻製香が思い浮かんで、なんとも食欲をそそられる。冷蔵庫のコストコで買ったベーコンとキャベツを眺めていて、このスープの写真を思い出した。本は読んでないけれど適当に想像して作ってみる。

 

鍋にオリーブオイルを入れて大ぶりにくし切りにしたキャベツを焦がす。焦げた香りが立ち上るまでじっくり待つ。いい具合に茶色くなったらひっくり返して反対側も。水とベーコンを入れてキャベツに火が通るまで待つ。焦げが溶け出してスープは茶色になる。キャベツが柔らかくなったところで塩、胡椒で味付けして完成。

 

コンソメスープの素や鶏がらスープなど、だしの類は全く入れていないけれど、十分な旨味と香り。妙な旨味が後味として残らずスッキリして良い。

 

考えてみれば、ハチバンの野菜ラーメンや焼きそばの旨さは、少し焦げ気味に炒めたキャベツに負うところが大きいのかもしれない。その旨さに着目して、スープという形でまとめたのはすごいな。

 

他のレシピも気になるので、「スープ・レッスン」買うことにする。

f:id:benton:20191230145231j:image

 

スープ・レッスン

スープ・レッスン

  • 作者:有賀 薫
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 2018/09/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

サッポロ一番塩ラーメン

昨日の昼ごはんは、買い置きしてあった「サッポロ一番塩ラーメン」。

 

具は冷蔵庫に残っていたもやしと卵。

 

中華鍋にバターを入れてもやしを炒め、塩胡椒で味付けしたものを一旦お皿に取る。中華鍋にお湯を沸かして麺を茹でる。麺がほぐれたら生卵をそっと投入する。麺が茹で上がったら取りよけておいたもやしを鍋に戻し、粉末スープを入れて完成。

 

とろとろの黄身がスープにとけだすのがいい。最後にスープにご飯を入れたいところだが、太るので今日は我慢、我慢。

 

インスタントラーメンは子供の頃からサッポロ一番塩ラーメンが一番のお気に入り。

f:id:benton:20191230041305j:image