泥縄

10月29日の金沢マラソンに向けて、やや泥縄のきらいはあるが9月から走り込みを続けている。申し込みが完了した6月末の時点ではあと4ヶ月もある、10Kg体重を落せば完走は簡単だろうと高を括っていた。週に3、4回のペースで5Km走ってきたが、夏場のビールの飲み過ぎがたたり体重は1gも減らなかった。これはまずいと9月になって少し涼しくなってから走る距離を伸ばしつつ、減量も意識してきた。

 

平日はこれまで通り5km走り、週末に走る時間を伸ばしてきた。9月の中旬から毎週1時間、2時間と連続して走る時間を伸ばし、今週は3時間連続して走った。今の所、キロ7分はかかっているので、うまくいってマラソンを走りきるのに5時間はかかる計算になる。2時間近く走っていると足の筋肉が悲鳴をあげる。先週は二日続けて20キロ走ったら、3日後に右足の親指の爪がペロンとはがれたて驚いた。

 

今週は、東山の交差点から茶屋街の裏を抜けて浅野川の右岸を天神橋、常盤橋まで行って、常盤橋を渡って左岸に、そこから川沿いの道を上田上橋まで遡り、山環を経て田上本町を通り朝霧大橋手前のコンビニから旧道に入る。旧道を浅野川沿いに銚子町、浅川町、袋板屋町まで。そこから湯涌温泉に通じる県道をたどった。湯涌温泉まで3kmの看板のところで走り始めてから1時間半が経過したので、そこから引き返す。帰りは下り坂なので楽かと思いきや、足がガクガクして力が入らない。ゆっくり、ゆっくり踏みしめるように一歩ずつ前に進み、最後はヨロヨロになりつつもなんとか走りきった。

 

あと2週間しかないけれど、なんとか完走できるようにもう少しジタバタしてみる。

ロンドン・ペストの恐怖

 「ロビンソン・クルーソー」の著者ダニエル・デフォーが1665年にロンドンでペストが大流行した時の様子を淡々と描写する。

 

「私」がペストが猖獗を極めるロンドンを歩き回り、その様子を綴る体裁になっている。しかし、デフォー本人は1660年生まれであり、ペストの大流行は5歳の時。大人になってからペストのことを調べて書き上げたのだろう。ちなみに出版は1722年だ。

 

当時のロンドンの人口は約50万人、そのうちペストで死亡した人約4万人。実に八人にひとりが死亡したことになる。一家全員が死んでしまい死体を運び出す人がいなくなったとか、あまりに死ぬ人が多くて死体を埋葬する巨大な穴を掘ったとか、死体を運搬する馬車の御者が、急にペストを発症して馬車に乗ったまま死んだとか、目を背けたくなるような光景が繰り広げられる。

 

一方で、貧しい船頭がペストを発症した妻と子供のために毎日食料と僅かばかりのお金を家に届け、自分は感染を避けるために船の上で寝泊まりする話や、ロンドンから集団で避難して近郊の森で仮設テントを建てて暮らす話など、貧しい人々が周りの情けに支えられてなんとか生き延びる様子も綴られている。

 

また、ペストが流行し死が目の前に迫っている間は、日頃は仲が悪い英国国教会の牧師達と非国教会派の牧師たちが協力して教会の運営に当たったとある。

つまり、死がさし迫ってきたときには、お互いに立場は違っていても善良な人々はたちまち手を取りあえるということだ。

 いまの世の中ではだれもがのほほんと暮らしていいて、面倒なことには首を突っ込みたがらない。わたしたち市民が分裂して、敵意や偏見にとらわれたままでいることや、隣人愛に亀裂が入り、キリスト教会がいまだに統一されていないのはおもにそのせいだろう。

 

危機のもとで日頃の見栄や立場を脱ぎ捨てて、素直に他人と向き合う様子が力強い。

 

ロンドン・ペストの恐怖 (地球人ライブラリー)

 

ゾルゲの見た日本

 ゾルゲがドイツの新聞記者として発表した日本に関する記事とロシアのスパイとして本国に送った通信文が収録されている。

 

「日本の軍部」という記事の冒頭に

この重大な情勢下で日本には政治の指導者がいない。すでに多年来、政府は内蔵する力も決意も持たない、軍部と官僚と財界と政党の諸勢力のまぜものに過ぎないのである。

思い当たる節が。

 

「日本の膨張」では、古代、中世、近世を通じて日本の領土拡張は朝鮮半島とその背後に控える中国を目指していることを示す。そして、あまりにも人口が多く文化的にも同程度の中国を制圧できたとしても植民地経営はできないと言う。

中国はあまりにも人口が多くまた文化的に日本と同程度なので、日本は大陸に植民帝国を作ることはできない。日本の膨張は大陸の形式的に「独立した地域」を軍事、経済、政治の各方面に渡って支配することを目的としている。日本は侵略者であるが決して植民者ではないのである。

 

ジブリの「風立ちぬ」では、避暑地のシーンでゾドイツ人が登場するのですが、この人がゾルゲをモデルにしているように思えてなりません。彼の「もうすぐ日本は破裂する。」と言うセリフにあんまりそんな言い方しないやろと違和感を感じていました。ゾルゲが言う「日本の膨張」に対する「破裂」であれば、なるほどと納得できます。

 

ゾルゲの見た日本【新装版】

ゾルゲの見た日本【新装版】

 

 

地獄極楽絵図

笠市町の照円寺で春と秋に公開される「地獄極楽絵図」を見てきた。十数年前に知り合いから、親の言うことを聞かない子供を連れていくと結構効き目がある。と聞きいつかは子供と一緒に来ようと思っていたけれどなんとなく機会を逃してしまい、今や下の子が中学2年生。さすがに閻魔様に舌を抜かれると脅しても効き目はなさそうなので妻と二人で散歩がてら出かけてきた。

 

地獄には下記の8つの段階があり、それぞれの様子が詳細に描かれている。阿鼻地獄が一番過酷な地獄らしい。

 

等活地獄(とうかつ)→黒縄地獄(こくじょう)→衆合地獄(しゅうごう)
叫喚地獄(きょうかん)→大叫喚地獄焦熱地獄大焦熱地獄
→阿鼻地獄(あび)

 

「阿鼻叫喚の巷」という言い方は地獄の名前から来ているのを初めて知った。地獄絵を見た後に極楽の絵をみると、確かに「悪いことせんようにしよ。」と思う。

 

人の死体が朽ち果てていく様を眺めて、この世の無常を実感する修行の図もショックだった。十二単をきた女性が死に、死体がどす黒く変色して、元の3倍くらいに膨らんで、鳥に食われて、骨だけになっていく様子が詳しく描写されている。この修行をして弟子たちがあまりにショックを受けて自殺者が続出したので、釈尊は自殺を禁止したという話が原始仏典にあったことを思い出した。

 

f:id:benton:20170930041642j:image

世界マヌケ反乱の手引書 ふざけた場所の作り方

お金がなくても楽しく生きていける場所を作りましょうという本。そのための具体的な方法を教えてくれます。

 

まずは、大晦日の山手線の中で勝手に宴会する。一升瓶とちゃぶ台を車両に持ち込んで、「あけましておめでとう。」とか言いならが電車に乗り込んで来た人にも振舞い宴会して友達になってしまう。大晦日ということもあり居合わせた人も意外とのってくれるそうだ。

 

あとは、駅前で呑み会を告知するビラをまいて知らない人同士で大宴会するとか、路上で物を売って見るとか、居抜きの居酒屋物件を借りて、店主を日替わりにしてそれぞれの店主が家賃を負担させることで、たいして儲からないけれど赤字にならない居酒屋を経営するとか。リサイクルショップを経営してみるとか。

 

金を稼ぎまくって金を使いまくるのでなく、なんかよくわからないけれど金を使わず楽しんで生きていくのが「マヌケ」。フリーマケットに出てみようかという気持ちになります。

世界マヌケ反乱の手引書: ふざけた場所の作り方 (単行本)

須賀敦子全集 第3巻

ユルスナールの靴」、「時のかけらたち」、「地図のない道」のほか、1993年から1996年に発表されたエッセイが収録されている。

 

「時のかけらたち」の中の「ガールの水道橋」が良かった。日本のフランス語学校で、フランス人のジャックと知り合いになる。ジャックがフランスに帰る。1年後にパリに住むジャックを訪ねる。さらに1年ご、故郷のニースに帰って結婚することになったジャックを訪ねる。その時にジャックが2馬力を運転してガールの水道橋を見に連れて行ってくれた。という話。

 

文学をやりたいと思いながら日本に来たものの、将来が全く見えないジャック。イタリア人の夫を亡くして、ミラノでの生活を全てたたんで先の見通しのないまま日本に帰って来た須賀。異国で生活して宙ぶらりんになった者同士の会話が心にしみる。

須賀敦子全集〈第3巻〉 (河出文庫)

夜明けの約束

著者のロマン・ガリは、1914年にリトアニアユダヤ人の両親のもとに生まれる。父親はロシア軍に入隊し、母ひとり子ひとりの家庭で育つ。12歳の時にワルシャワへ引っ越し、14歳の時に母ともどもフランスに帰化する。第2次世界対戦では自由フランス軍に参加し航空士として働く。戦後、フランスの外交官として活躍し、国連代表やロサンゼルス総領事を務める。戦争中から小説を書き始める。1958年に「勝手にしやがれ」で有名な女優ジーン・セバーグと出会い結婚する。1970年に離婚するまで夫婦として過ごす。1979年に、ジーン・セバーグがパリの路上の車の中で遺体となって発見された1年後、「夜明けの約束」の決定版を刊行し、パリの自宅でピストル自殺。

 

この経歴を見ただけで、ロマン・ガリってどんな人なのか興味湧いてきませんか。

 

この「夜明けの約束」はロマン・ガリの自伝的小説。戦争の足音が忍び寄る中、なんとか息子を移住先のフランスで立派に育てたいという母親の息苦しいくらいの愛情。その愛情になんとか応えようと苦闘するガリ。二人のそんな半生がつづられる。

 

人目をはばからない母親の愛情に振り回されることって、男性なら程度の差こそあれ、思い当たる節はあるだろう。身寄りのない異国でたった一人で息子を育てなきゃいけないとなれば、なりふり構わず息子を大事にしよるとするのは当然かもしれない。桁外れの母親の愛情と、それに振り回され迷惑に感じながらも、母親を受け入れざるを得ない息子。母子のそんなすったもんだが、悲しくもユーモラスに書かれている。

 

フランスとアメリカでベストセラーになっただけあって、読み始めるとグイグイ引き込まれた。カリフォルニアのビッグサーの海岸でアザラシと対峙しながら、昔を思い出すという設定もまたいい。人里離れたビッグサーの荒涼とした風景が目に浮かぶ

 

夜明けの約束 (世界浪曼派)