家事は大変

この前の月曜日に妻が入院してようやく1週間がたった。娘との二人暮らしの家事がこんなに大変だとは思わなかった。何が大変かというと、料理に洗濯、ゴミ出しに掃除に猫の世話、などなど。次々とやらなきゃいけないことがあって、テレビをみてゆっくりくつろいでなどいられないのだ。

 

料理は、休みの日に道楽でやるのとは大違い。冷蔵庫にある食材を賞味期限内に使い切るように朝晩のメニューを考えるのが大変。考え出すときりがない。自分の弁当は作ったことがあったが今回初めて娘の弁当を1週間作った。自分が食べるぶんには、ご飯にふりかけと佃煮だけでいいのだが、娘の弁当となると卵焼きと蛸ウインナーを入れて、緑色にブロコリーを茹でてなどと時間をかけてしまう。

 

ご飯を過不足なく食べきるのも難しい。できれば保温は12時間以内に抑えたいのだがどうしても余ってしまう。そんな時はおじやかチャーハンにして食べるようにした。無理して私が食べきることもあった。

 

朝起きてすぐに洗濯機を回して干すのは苦にならないのだが、仕事から帰ってきて洗濯物を取り込んで畳むのが辛い。畳むのが面倒なのでそれぞれのカゴを作っておいて、そこに投げ込むだけにしたらどうだろう。

 

朝起きてから寝るまで、とにかくやることに追われる。料理、洗濯、掃除のように家事としてはっきり認識できることだけでない。猫の世話やらゴミ出し、新聞の整理、宅配の再配達の依頼など、ちょこちょことやらなきゃいけないことが、次々と発生するので、寝るまで気が休まらない。

 

この1週間は晩御飯を食べて後片付けを完了したら、リビングで寝落ちし続けていた。妻が暇さえあれば昼寝したり、お茶を入れてのんびりしていた気持ちがわかる。意識して自分でのんびりしないと擦り切れてしまうだろう。

 

明日退院するので、今後は食器の後片付けくらいは率先して手伝おうと思っている。

 

チキンヌードルスープ

アメリカは食べる」の中で、東理夫がアメリカの三大スープとして、クラムチャウダー、ミネストローネ、チキンヌードルスープを紹介していた。クラムチャウダーはキャンベルのスープ缶でよく食べていたので昔から馴染みがあった。同量の牛乳で溶いて食べると缶には書いてあるがそれでも味が濃いので、2倍の牛乳を加えるのが好みだった。ミネストローネは冷蔵庫に残った野菜を使い切るために、細かく切ってトマト缶と一緒に煮て何度も作っていた。ただ、チキンヌードルスープに関しては、何回かこれもキャンベールの缶詰で食べたことがあったが、ぼやんとした味で、ぶよぶよでブツブツに切れたスパゲティが入ったスープという印象しかなく、アメリカ人は何であんなもの好きなんだろうと思っていた。
 
チキンヌードルスープに対するそんな印象が変わったのは、車でアメリカを旅行するようになってからだ。サンノゼからネバダ州のリノへ2泊3日でスキーに行ったここがあった。帰り道に大雪になりハイウエイにもどんどん雪が積もっていく。チェーンは用意していたものの自分で装着したことがなくどうしようかと思っていたら、どんな人がやっているのかわからないが、峠の手前の退避スペースで20ドル払うと装着してくれるサービスをやっていた。峠を越えて雪がなくなってくると今度は10ドルでチェーンを外してくれた。なんとも合理的な仕組みだと感心したもんだ。
 
慣れない雪中のドライブ、更にサクラメントを過ぎても雨で視界が悪く疲れ果てて、ようやくストックトンにたどり着いたところで、ガソリンを入れがてら小さなお店に立ち寄った。アメリカのハイウエイには所々、ガソリンスタンドを兼ねたよろず屋のようなお店がある。お腹が減ったので、サンドイッチとバナナを買った。そこに、自家製のチキンヌードルスープを大鍋で売っていたので、発泡スチロールのカップに注いでレジでお金を払う。
 
車に戻ってスープを飲むと、寒かったからなのか疲れていたからなのか、体にじわっとしみ入るようでうまかった。ぼやんとした味が体に優しく感じる。ふにゃふにゃの麺は消化に良さそうでありがたい。
 
それ以来時々食べたくなって、缶詰を買ったり自分でも作っている。玉ねぎ、人参、セロリなどの香味野菜を細かく切って蒸し炒めにして、鶏肉を加えて煮込む。適当な時に適当なパスタを入れて柔らかくなったら出来上がり。あまり味付けしない。塩コショウで整える程度で薄めがいい。
 
アメリカでは風邪をひいた時にお母さんが作ってくれる代表的な料理ということになっているそうだ。
 

BOOKDAYとやま、ますの寿司

富山市総曲輪のグランドプラザで開催されていた「BOOKDAYとやま」へ行ってきた。北陸の古本屋さん、新刊の本屋さん、中古レコード屋さんなど約40店が勢ぞろいするのだ。特に目的もないけれど面白い本でもないか一通り回る。レコード屋さんのスペースが広くとってあり、古本の品揃えは期待していたほどではなかったが、普段行くことのない古書店の棚を見れてよかった。やはり郷土史ものは地元のお店でしか手に入らない。
 
気になる本は色々あったものの、結局買ったのは、鶴見良行の「ナマコの眼」のちくま文庫版。図書館で何回か借りたことがあるけれど、最後まで読んだ記憶がないので、手元に置いて気が向いたらいつか読むつもりだ。
 
妻は有元葉子の「わたしの日常茶飯事」と工藤直子の「まるごと好きです」のちくま文庫版を買っていた。
 
 
せっかく富山に来たので、鱒の寿司でも買って行こうと街をウロウロしていると、富山大和の向かいに「幻のます寿司」の看板を見つけて吸い寄せられるように中に入る。2,300円と少々高かったが晩御飯で3人で食べようと買ってみた。ここは寿司工房大辻という本店が立山町にある会社。金沢にいると源の鱒の寿司を食べる機会が多いが、富山では沢山のお店がそれぞれ作っているので、いろいろと試してみるのが楽しい。
 
晩御飯で食べたところ、鱒の身は分厚く酢での〆具合はソフトな感じで生っぽい食感。わたしはもう少し酢が効いていた方が好みだけれど、これはこれで美味しい。
 

観光気分でぶらぶら

連休も残り2日。妻とは映画行ったり、白峰の温泉に行ったりとちょこちょこと出かけたものの、娘とは一緒にどこにも行っていない。私は、娘を是非一度明治村へ連れていきたいと半年くらい前から機会あるごとに誘っているのだが、彼女はそれほど興味がなく、ユニバーサルスタジオだのディズニーランドだのに行きたいようで話が合わない。

 

この連休中も何度か、「どこか行きたいところがあったら連れてってあげるよ。」と誘って見たものの色よい返事がない。そもそも、高校生になったら親と一緒に旅行に行ってもつまらないのかもしれない。

 

今朝は妻の提案で、観光気分でホテルへ朝食を食べに行くことにした。金沢市内でしっかりとした朝食を食べさせてくれるところというと、安江町のキュリオがいいかと思ったが残念ながらお休み。下堤町のザ・スクエアホテル金沢の1階にあるBANKERS STREET CAFEにはゆったりできるソファもあって、なかな居心地がよかったのを思い出し、そこへ行くことにした。

 

快晴の下ホテルまで3人で歩く。まだ8時半だというのに近江町市場はたくさんの観光客で賑わっている。ホテルに着くと宿泊客でカフェは満席。10分ほど待って席に案内してもらう。3種類のメイン料理から一品を選んで、サラダ、パン、スープ、飲み物はバフェで好きなように取れるシステム。メイン料理として、私は目玉焼きとベーコン、ソーセージ、妻はスクランブルエッグとベーコン、ソーセージ、娘はエッグベネディクトを選ぶ。目玉焼きは卵ふたつなのが嬉しい。サラダは金時草や太きゅうりなど地元野菜を意識して使っている様子。パンは3種類、デザートにプリンもあった。一人2,000円は、普段の朝食としては高いのだろうが、家族揃ってゆっくり朝食を楽しむと思えば満足。

 

調子に乗って食べ過ぎたので、腹ごなしに歩いて金沢城公園に向かう。いもり堀口から入って公園内をひと回り。障害物をかっこよく駆け巡るパルクールというストリート系スポーツの大会をやっていた。

 

大手門から公園を出て、橋場町に向かう途中に武家屋敷の寺島蔵人邸があることを思い出し、せっかくなので寄って行こうと提案。二人は仕方なしといった様子で同意。入場料は大人300円、高校生は無料。中に入ると職員の方が説明してくれた。400石扶持の中級武士の屋敷で、240年前の建物。明治4年に半分くらいは取り壊されたものの、昭和63年まで人が生活していたそうだ。その後金沢市が管理している。

 

庭のドウダンツツジは樹齢300年で人の背丈ほどもある。ちょうど白い花が満開。こけむす庭も飛び石伝いに散策できるようになっていていい雰囲気。縁側に腰掛けたり、畳の上で座ってしばらく庭を眺めていた。ポツポツと観光客が来る程度で静かでいいところでした。娘も縁側のある畳の座敷が気に入ったようで、高校生無料なら学校の帰りに毎日でも立ち寄って、畳の上で勉強しようかと言っていた。

 

橋場町、主計町から浅野川沿いに小橋まで歩いて11時ごろ帰宅。キラキラした日差しと爽やかに風の中、心地よい散歩だった

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アメリカは食べる アメリカ食文化の謎をめぐる旅

「食べたくなる本」で紹介されていた本。アメリカの食べ物に関する情報が盛り沢山なのは当然として、食べ物を通じてアメリカという国の成り立ち、歴史を知ることができる良い本。
 
クラムチャウダー、ミネストローネ、チキンヌードルスープ、フライドチキン、ジャンバラヤガンボスープ、コーンブレッド、グラノラ、ドーナツ、スパム、バーベキュー、ケチャップ、ハンバーガー、PJサンド、ポークビーンズハッシュドポテト、ステーキ、ミートボールスパゲッティ、缶詰などなど。
 
これらの食べ物の起源をアメリカへの移民の歴史と重ね合わせて説いて行く。移り住んできた順に並べると、メイフラワー号でやってきたイギリスからのの人々、スペイン系、フランス系、黒人、ドイツ系、アイリッシュ系、イタリア系、東欧系、アジア系。彼ら移民たちがアメリカで手に入る材料を使い何とかして故国の味を再現しようとして、変化し根付いたの料理の集合体がアメリカの料理だという。だから、正統的な故国の料理とはズレる。商売として成り立たせるためには、出自が異なる人たちにも受け入れられるように、微妙なところは省いて、わかりやすい味に寄って行く。照り焼きは醤油味と甘さが強調されすぎて、みたらし団子のタレのように変化する。アメリカで働いていた時に、中国からの移民の女性が「アメリカの中華料理には繊細さがないのよね。」とこぼしていたことを思い出す。
 
それを故国から見て「アメリカの料理はまずい。」というのは簡単だけど、そうなるしかなかった理由があるのだ。
 
次に著者は、アメリカでは地域独自の料理が発展しないのか、料理が画一的なのかについて考察する。次々とアメリカにくる移民たちが、より暮らしやすい土地を求めて開拓民として西へ西へと移動して行ったことや、国自体が広すぎて、鉄道による物流で画一的な味を届けるしかなかったこと、軍隊で皆同じようなレーションを食べたことなどを挙げている。
 
そして、アメリカに暮らす人たちは、アメリカ人になる、アメリカ人として認められるために食べる。自分の出自はとりあえず置いておいて、既存の典型的なアメリカの食べ物を受け入れることで、アメリカ人になるのだ。さらに、機械の平等、公正な社会というアメリカ社会の理想というか建前の象徴として、みんなと同じものを食べる。どんな金持ちも大統領も庶民と同じものを食べることが良いことなのだ。
 
最近、トランプ大統領が大学のフットボール優勝チームをホワイトハウスに迎えるにあたり、大量のハンバーガーを用意したという記事があったが、あれは、政府機関の閉鎖という事情があったとはいえ、あながち失礼な話ではなくて、返って大統領の支持者の好感度をあげる方に効いているのかもしれない。

 

アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅

アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅

 

 

コストコ

妻と娘を連れて野々市コストコに行った。ピザとサラダを買って実家の母親とお昼に食べようと思ったのだ。10時過ぎにお店に着くと、屋根のある2階駐車場はすでに混雑。かろうじて入り口から一番遠い列の一角に止めることができた。カートを押して売り場に入ると、パイナップルやチーズパイ、ベーグル、豚バラなどに食欲をそそられる。何も考えずに売り場を一周すると欲望に操られるままにカートをいっぱいにしてしまいそうなので、今回の目的である、お昼に食べるサラダと母のお気に入りのトイレットペーパーの売り場へまっすぐ向かった。
 
結局、チョレギサラダにベーコンと野菜をトルテーィーヤで巻いたお惣菜、ちょうど無くなりかけていた詰め替え用のシャンプーとリンス、ベーコンとパルメジャーノレジャーノ、辛ラーメンを買った。全部て約1万円。
 
レジを通ったところで、焼きたてのピザをホールでオーダー。注文を受けたから焼くとのことで20分待ち。焼く前のピザを買って自分の家で焼いた方が熱々で美味しいのだが、ここのピザは大きすぎて日本規格のオーブンには入らない。ホールのピザをオーブンの天板のサイズピッタリに端を落とすようにカットして焼いたことがある。
 
手持ちぶさたで他のお客さんの様子を眺めていると、バーベキューの準備と思しき集団が大量の肉とビール、ワインを買い込んでいる。出来合いのお惣菜やパンを買い込んでいる家族づれも多い。コストコも金沢のお客さんの生活にようやく定着したように感じた。

野菜コンソメスープ

「食べたくなる本」の中で、著者は、子供の頃母親が作ってくれた餃子の皮のクタクタ感と、ちゃんとした水餃子を初めて食べてもっちりした皮の食感に感動した話を書いていた。祖母が作る煮物や佃煮のような伝統的な和食が主流の中で、中華や洋食などを取り入れていった母親の料理を懐かしんでいるのだ。
 
私にとってのそんな料理ってなんだろう。まず思い浮かぶのは、コンソメ味の野菜とベーコンのスープだ。世の中にコンソメスープの素が出回り始めた頃から母が作ってくれた料理だ。コンソメスープの素を溶かしたお湯にキャベツや人参、玉ねぎ、ベーコンを入れて煮込んだ料理だ。胡椒をたくさん入れて食べるのが好きだった。ベーコンはその後粗挽きソーセージに変化した。
 
もう一つは、ナポリタンスパゲティ。ひき肉と玉ねぎを炒めてケチャップとウスターソースで味付けしたところに茹でたスパゲティーを投入し炒めるのだ。これを大皿にドンと盛り付け家族全員で突っつきながら、ご飯おおかずにするのだ。味付けに少し醤油を入れるとご飯にも合う。
 
今思えばどちらも安っぽい味なんだけれど、鰈の煮付け、葉っぱと油揚げの炊いたの、こんか鰊と千切り大根を煮た物などの昔ながらの料理の合間にあると、ものすごく嬉しかったことを思い出す。
 
他には、マルシンハンバーグ。ナスの間にチーズを挟んであげたもの、ピーマンの肉詰めなんかを子供向けに作ってくれていた。
 
コンソメ味の野菜スープは気が向くと自分で作る。今でもヒリヒリするくらい胡椒をたっぷり入れるのが好みだ。

白山ろく民俗資料館

「白山奥山人の民俗誌」という本を読んでから、一度は行ってみたいと思っていた白山ろく民俗資料館に行ってきた。国道157号を挟んで白峰の集落の反対側にある。午前10時半頃に着いたところ先客は誰もいない。入場料大人一人260円を払って、まずは屋内展示施設に入り「出作り」を説明する6分ほどのビデオを見る。集落から離れた山中に小屋を作って、その周辺でほぼ自給自足の生活をしながら畑作や養蚕などを行うことを「出作り」という。集落周辺の土地が足りないことから始まったそうだ。冬の間は集落に戻って生活するのを「季節出作り」、冬も出作り小屋に留まって生活するのを「永住出作り」という。山中奥深くに家族だけで自給自足の生活をするというところに惹かれて、一度出作り小屋がどんなものなのか実物を見たかったのだ。
 
屋内には養蚕や山仕事に使われた民具、高札、報恩講などの仏事の時の料理の模型などが展示してあった。江戸時代まで白山の登山道脇に設置されていた仏像たちも何体か展示してあった。明治の廃仏毀釈までは、白山の山頂には阿弥陀様が安置してあり、登山道にもそこかしこにお地蔵さんがあり、それらに参拝しながら登っていたそうだ。
 
次に、敷地内に移築されている建物を一軒づつ見学する。まずは、長坂家へ。こちらは、永住出作りのための小屋。小屋と行っても永住用なのでしっかりした建物、床面積28坪の私の家よりも、明らかに大きくてしっかりしている。2階建で2階部分は蚕の飼育スペースとなっている。
 
尾田家も出作り小屋だが、こちらは長坂家に比べると簡素な作りで小さめ。茅葺き屋根の一部が地面まで伸びる「ナバイ小屋」という建て方になっている。こうすることで屋内の床面積を広くとれるのだ。
 
出作り小屋は思っていた以上にしっかりとした作りだったが、風呂は小さくトイレも離れになっているので、キャンプと思えばそんなもんだが、現代の基準からは生活しづらそう。昭和45年くらいまでは出作り小屋で暮らす人がいたそうだ。江戸時代から続く生活習慣って、その頃まではかろうじて残っていたような気がする。
 
 
最後に杉原家を見学する。こちらは桑島にあった酒造業や養蚕、日用品を扱う商売もやっていたという村の有力者の家。全体が小学校の体育館くらいはありそうな大きな建物で、屋根裏を含めると3階建。こちらも2階は養蚕の作業場となっている。中に入ると女性の方がお茶でも飲んで行きなさいと、囲炉裏の周りの席を進めてくれる。お茶と一緒に稗を炒って粉にしたものにお湯を注いでものをすすめられる。これはこの辺りでおやつ代わりに食べられていたもので、箸でかき混ぜているとお湯を吸収して団子のように固まった。口に入れると、かすかに、ほんのわずか甘みを感じる。お茶と思っていたものもある植物を煎じたものでお茶の代用品だそうだ。
 
帰りに白峰温泉の総湯に浸かって、蕎麦食べて、堅豆腐と栃餅を買う。何年ぶりだろう。久しぶりに子供抜きでちょっとした旅行に出かけた気分になった。
 

食べたくなる本

料理本について語る本。友人が面白いと紹介してくれたので早速読んでみた。
 
著者は1976年生まれ。2000年以降の本が主に語られている。私が図書館で料理本をかたっぱしから借りて読んでいたのが学生時代の11986年から1990年くらいまでなので冷水希三子さんや高山なおみさんにはあまり馴染みがなかった。しかし、それ以外の料理家の本は少なくとも一冊は読んでいるので大変面白かった。この手があったか。
 
著者は丸元淑生について本書で何度も言及している。私も丸元の「システム自炊法」を買って一人暮らしのアパートで真似事をしていた。築地の市場へ行ってトキ鮭を丸ごと一匹買ってこいだの、2万円以上する鍋を買えだの、とても学生がマネできない現実離れした内容も多々あったけれど、その自信に満ちた語り口に惹かれたのだ。豆のサラダはよく作った。金時豆を茹でて玉ネギのみじん切りと一ドレッシングで和えるだけというシンプルな料理。当時は甘い煮豆が大嫌いだったのもあって何度も作った。
 
著者も「健康に良くて死ぬほど美味しいもの」を求める丸元の過激なやり方に、半分引きながらも付き合っている。朝どれの魚を扱う魚屋を見つけて自分でシメサバを作ってみたり、4人分でアサリを2キロ使う、スパゲティを作ってみたり。
 
細川亜衣も気になる料理家。「食記帳」は枕元に置いて寝る前に読んでいる。カリフラワーを蒸し器でグダグダになるまで茹でて軽くつぶして塩とオリーブオイルをかけて食べるのは是非一度試したい。
 
私が最近読んだ料理本で一番衝撃を受けたのは、土井善晴の「一汁一菜」。普段食べる料理のハードルを思いっきり下げてくれた。気の利いた料理を紹介するはずの料理研究家が家庭の食事はご飯と味噌汁があればそれで十分と言ったのだから。
 
自分で料理すると、次から次へのいろんなものを作って食べ過ぎてしまうので、料理も料理本も避けていたのだけれど、また料理したくなった。連休中だし。

 

食べたくなる本

食べたくなる本

 

 

玄米スープ

4月に入ってから妻が。辰巳芳子さんのスープをまとめた料理本「あなたのために」の一番最初に登場する、「玄米スープ」を作るようになった。小麦色になるまで弱火で丁寧に炒った玄米を昆布と梅干しと一緒に煎じスープだ。じっくり弱火で30分煎じている間にも玄米の香ばしい匂いが部屋に満ちる。口に入れるとじわっと体に染み渡っていく。スープだけをカップに一杯飲んだだけで不思議な満足感がある。体に必要な成分が濃縮されているからだろうか。煮出した玄米は出涸らしで味はほとんどないけれどじっくり噛み締めるとなんとも言えない滋味なので、一緒に食べると腹持ちもいい。妻が始めたのだけれど、私の方がはまってしまい毎日朝起きると私が準備している。

 

あなたのために―いのちを支えるスープ

あなたのために―いのちを支えるスープ

 

 

benton.hatenablog.com